本棚にあったので久しぶりに読んだのですが、本当におすすめできる本でした。
山中恒 著「子どもたちの太平洋戦争 -国民学校の時代-」(岩波新書)
というのも、今回の選挙で参政党に一票入れたい人はご存知だと思いますが、同党の新日本憲法(構想案)には以下のような文言があるのですね。
——引用開始——
前文より
(略)
天皇は、いにしえより国をしらすこと悠久であり、国民を慈しみ、その安寧と幸せを祈り、国民もまた天皇を敬慕し、国全体が家族のように助け合って暮らす。(略)これが今も続く日本の國體である。
(以下略、「國體」は「国体」の旧字体による表現)
第一章 天皇
(天皇)
第一条 日本は、天皇のしらす(2)君民一体(3)の国家である。
2 天皇は、国の伝統の祭祀を主宰(4)し、国民を統合する。
3 天皇は、国民の幸せを祈る神聖な存在(5)として侵してはならない。
(2)しらすとは、国民の実情を広く知って日本を治める意味の古語である。
(3)君民一体とは、天皇と国民が一体となって国を治める意味をいう。
(4)大嘗祭、新嘗祭などは国の公式の祭祀となる。
(5)神聖は君主の属性でもあり、皇祖皇宗の神霊と一体として詔勅を発し、祭祀を主宰する事実による。
——引用終了——
ここで「国民もまた天皇を敬慕し、」と義務のように書かれるとちょっと待てと思うわけです。そして、憲法に書いてあれば何らかの形で法律に反映されるはずです。敬慕の義務化が。現行の日本国憲法の前文が法律に反映されていなくても今後はそうとも限らない。どこかで前文を法案に反映しないことを明文化するまでは油断ならない、というのが私の考えです。
それに、国家権力の指示による敬慕は真に敬慕といえるのか、といった問いもあります。感情は指示で変えられるものなのか。指示で変えられるのは行動のみであり、それは所詮「敬慕するふり」に過ぎないのではないか。仮に敬慕の言葉を強制的に連呼させることで心が変えられるとしても、その場合国民の精神にふさわしい健全さは保たれているのか。敬慕しないことで不利益にならなくても敬う情が湧いてくること、それこそが敬慕と呼べるのではないか。
第一条と2については、どう考えても天皇をそれ以外の国民の上に置く考え方で溢れています。「しらす(日本を治める)」「君民」「国民を統合する」。私としては、ここまで自分が誰かよりも下の存在だとはっきり書かれるのは抵抗があります。3も同様で、「神聖」「侵してはならない」と特別な存在に祭り上げているのですが、ここで自分たちが暗に「神聖でも侵してはならない存在でもない」とされていることに理不尽と不条理と怒りを感じられるかが今後の大きな岐路になると思います。
私は、これら条文の先には天皇の名における非常に窮屈な世の中が待っていると考えてます。常日頃から皇族に気を遣い、行動にも気を配らなければならない世の中が。
ただ、具体的に何が起こるのか想像するのは難しいと思います。急にそんなこと言われても、というのが正直なところでしょう。そこで比較的近い歴史から学ぼう、というのがこの本を取り上げた理由です。
本書のP18、19に、1940年(昭和15年)以降の日本で起きた、今では考えられない出来事が紹介されています。
——引用開始——
天皇に関して、この作文のなかに、ラジオの実況放送のことが出てくるが、当時は、天皇の声は電波にのせることが許されていなかったのである。ラジオ放送を聴くものがすべて、直立不動の姿勢をとっているとは限らない、病床で寝ながら、それを聴くものもいるであろう、そのようなことがあっては、天皇陛下に対し奉(たてまつ)りまことに恐れ多いことであるからというので、天皇の声は放送されなかった。(P18)
(略)陸軍特別大演習というのがあり、天皇が私たちの町へ立ち寄ることになった。駅の近辺の家で、二階に寝ていた病人は警察官立ち会いのもとに、みんな一階へ移された。天皇より高い位置で寝そべっていることは、天皇に対して恐れ多いというのであった。(P18)
(略)ニュース映画に天皇や皇族が登場する場合、予め字幕で「脱帽」と出た。観客はこれを見たら、単に脱帽するばかりではなく、姿勢を正して画面を拝観せねばならなかった。その「脱帽」の字幕を見て「やれやれ!」といったのを特高警察に聴かれて検挙され、不敬罪で起訴された人たちのことなどが『特高月報』の〈不敬言辞〉の欄に、うんざりするほど記録されている。(P18、19)
——引用終了——
また、P59には天皇機関説を唱えた憲法学者かつ貴族院議員の美濃部達吉が議員を辞任させられた経緯が書かれています。天皇機関説とは、コトバンクの表記を元にまとめると「主権は国家にあるので、天皇は法人としての国家の最高機関だが主権者ではない」といった説で、天皇を学問的に議論の対象にしただけで多大な不利益を受けた例もあったわけです。
つまり、たった一人を特別扱いすることを決めただけであっても、それが突き詰められることでものすごく過ごしづらい世の中になるかもしれない。それは、通ってほしくない法案を止めるのがいかに困難か、不可能に近いかを考えていただければ思い当たることもあるのではないかと思います。
なお、上記の憲法案のような天皇崇拝の空気が広まれば、その中から今よりも更に天皇を敬うが故に堅苦しい状況を望み、実践に動く人も続々出て来るのではないか、そんな危惧もしています。それなら、そのような方向に行かないように努めたほうがいいのではないかと思うのです。日本国憲法第十二条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」にはそのような意味合いも込められていると考えています。
また、本書には当時の子どもたちの作文も少し掲載されています。その中で、「恐らく、かなりの量の教師の添削があった」と述べられているものの、世界観が日本神話に染まった子どもの作文が載せられていて(P22-25)、途中で「思うと紀元二千六百年は、神武天皇様が国をおはじめになった昔を目の前に見る様なわけで深く尊く感じられます。」という表現があって、こういう考え方しか許されなかった子どもが大半だとしたら、本当にみんな心が狭苦しかったのではないかと思うわけです。
更に、授業前の唱和と暗記が(尋常小学校)三年生のころから強制された「天壌無窮の神勅(てんじょうむきゅうのしんちょく)」の説明もあります(P29)。神勅自体の内容は以下の通りです。
「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の国は、是れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく爾皇孫就(いましすめみまゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ)。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さかえ)まさんこと、当(まさ)に天壌(あめつち)と窮(きわま)りなかるべし」
そして、〈国体〉とはこの神勅による日本が万世一系の天皇に統治されることの決定を受けた政治体制であり、この神勅は日本人であれば信じなければならないとされたので、大人もまた心が狭苦しかった部分があったのではないかと思うのです。
ここで、宗教という「現実と言い張るよくできたフィクション」の持つ、「心をつらい現世から逃して架空の世界にしばらく置くことで充実を図る役割」に着目する必要があります。改めて書くなら、崇拝の対象に宗教性があるとこの宗教の世界まで圧迫されて心の逃げ場がなくなる、そんな気がします。そしてそれは、宗教的世界、つまり心も支配されることになることをひしひしと感じます。たった一人を特別に扱うことで、やがては行動も心も支配されかねない。その危険性を、一旦そうなったら元に戻すことは相当困難だと思われるのとともに、重々感じていただければと願うばかりです。
本書の主体は題名の通り、太平洋戦争の時代の子どもたちの生活を描いたものです。そして、そのそこかしこに天皇の影響が表出する。天皇陛下に忠義を尽くすことを作文に書いたり(P8)、口頭試問で礼拝の仕方や、君が代を歌っている時、聞いている時の気持などを問われたりする(P166)。絶対に逆らえない存在を設けてその下に自分を置くことが幸せを招くとは思えません。
私としては、今後有権者が舵取りを誤ったら再度そのような世の中になっても不思議ではないと考えています。客観的には今の状態から近いうちにそうなるとは思えないし、同様にそう思っている人が大半でしょう。それでも、そこに安住して警句を発するための努力を怠(おこた)れば、大袈裟でいい気分になれる意見に引きずられ、意志が強くて声の大きい人たちが望むような世の中になってしまう気がしてなりません。
それを防ぐためには信頼性のある情報を見極めて学び続けるしかないのですが、それが難しい日常も存在する。となると、無知の知を徹底するしかないのではないかと思うわけです。自分が他人に説明できるほど詳しくなければ、賛同するのはしばらく保留する。聴いていて気持ちが良くなる意見が、将来的に正解とは限らないことを覚えておいていただければと思います。
同じ意味合いで、この記事を紹介しておきます。
選挙の前にたしかめて 生成AIの選挙動画に注意! NHK ONE 2026年1月30日
あと、この本のいいところは何と言っても読みやすいことです。子どもの視点を織り交ぜながら書かれていることもあり手軽に読めるので、通勤時、特に帰宅時のように難しいことを考えたくないときでも読み進めることができるのは、大きな利点だと思います。岩波書店のサイトでは品切れで電子書籍もないようなので(2026年2月1日現在)、上のAmazonの他に中古で入手できるリンクを以下に貼っておきます。この類の本に目を通したことがない人ほど新しい発見が待っているはずなので、是非この機会に一歩踏み込んでいただければと思います。
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