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  • ジャパニーズ・ロック80’s (監修 池上尚志・レコード・コレクターズ増刊)感想 溜飲は下がった

    1980年代後半から90年代初めにかけてのバンドブームに代表される邦楽に関して、当時のマスメディアで今よりも圧倒的な地位にあった「テレビ」(もちろん当時はインターネットなんて情報入手手段は無かった)に売り上げの割には取り上げられなかった点で怨念にも似た感情のしこりが残っています。思いつくまま列挙するならその年の音楽状況をある程度は反映していたはずなのに出場したミュージシャンが少なかった紅白歌合戦、既存の業界を守るために「ポップス・ロック部門」を一時期設けていた日本レコード大賞、「R&N」なんて名前を付けてミュージシャンを深夜に追いやった夜のヒットスタジオ、そんなところです。もちろんNHKのジャストポップアップのように注目されていたミュージシャンを積極的に出演させた番組もあったり、あるいは当時のミュージシャンが視聴率をとれる存在だったかもう少し詳しい検証も必要なのかもしれません。番組名は覚えていないのですが、火曜夜7時のサザエさんの再放送の時間帯に放送していた短命だったテレビ東京の音楽番組とか。

    そして、時が過ぎて渋谷系に代表されるような音楽的に新しい時代が来ると、途端にバンドブームの頃の邦楽が語られなくなった気がします。現在、邦楽の歴史を語った本を読んでもバンドブームの時代に関しては部分的にしか語られていなかったり、ほとんど語られていなかったり。確かに新しい時代の音楽には直結していないのかもしれないけど、あれだけ売れて、売れていた音楽の大半を占めていて、それ故にそれ相応に語られるべきなのに語られてないのです。少しだけ、今回とり上げるこの本の前書き(introduction)から太字で引用します。

     
    「音楽専門誌などでは、はっぴいえんど、YMOやニュー・ウェイヴと流れがきたら、80年代後半をスルーして、90年代の渋谷系に飛んで行ってしまう。」日本の邦楽・ポピュラーミュージックを俯瞰して記述している本を買おうかと本屋でちょくちょく手にして目次を見ていた私にとっては、これは本当に実感のある言葉です。

    出版された本書を読んでまず浮かんだのは感謝の感情です。今、このような本が出て来て本当に有難い。当時、音楽が好きな人が沢山聴いていたあの頃の、もう30年も昔の音楽を、この現代に語ってくれてありがとうございます。こんな気持ちでいっぱいです。

    再び、本書の前書きから引用します。「大切なのは、そういった音楽を今の耳で聴いたらどう聞こえるのか。今だから気付くことがたくさんあるはずだ。」私はバンドブームの頃の邦楽しか聴いていないようなものなのでこの狙いがうまくいったかどうかの判断はできないのですが、それでも思い出アイテム或いは怨念を晴らして溜飲をかなり下げてくれる存在として非常に価値があります。今の音楽をよく聴いて知っている人なら本書の内容もよりよく理解できると思います。本屋で見かけたらまずは手に取ってみて欲しいものです。昔のものにもいいものはある、とまでは敢えて言いませんが、何かしらの発見はあるかもしれない、とは言えるでしょう。

    ここで注意が一点あって、この本、意外に小さいです。A5サイズより一回り小さく、コミック単行本よりは一回り大きいサイズなので、私も最初は至近距離にあるのに見逃してしまいました。より多くの内容を詰められるA5版だったらなお良かったのですが、それだと本の値段が高くなるのでこの大きさにしたのでしょう。そこは気をつけていただきたいです。

    そしてなんとこの本、ジャケットの写真が全てカラーなんです。類書のガイド本では本文は白黒ページでジャケットの写真も白黒にしている場合が多いのでカラーで見られる本書は資料的価値も相当あります。力の入れ所を間違っていないという点では大いに好感が持てます。

    この時代の代表としての、本書の最初のコーナーであるARTIST PICKUPのページにバービーボーイズやストリートスライダーズ、渡辺美里や米米CLUBがBOØWY(ボウイ)やブルーハーツとともに入っているもの頼もしい。当然TMネットワークもこの項目です。今の時代への影響度はともかくあの時代に大いに盛り上がったという点だけでも、もっと作品とともに今に通じる意義(あるはず)を語って欲しいものです。

    それにしても、広範囲の数多なバンドやミュージシャンまで取り上げてくれるなんて、と思うことしきりで感動さえ覚えます。少し挙げるなら阿Q、VENUS PETER(ヴィーナスペーター)、 横道坊主、GARLIC BOYS(ガーリックボーイズ)、KATZE(カッツェ)、GRASS VALLEY(グラスバレー)、SION(シオン)、the Shamröck(ザ・シャムロック)、SUPER BAD(スーパーバッド)、SKAFUNK(スカンク)、てつ100%、NIGHT HAWKS(ナイトホークス)、THE HEART(ザ・ハート)、PEARL(パール)、パッセンジャーズ、BAD MESSIAH(バッドメサイア)、HEATWAVE(ヒートウェイヴ)、HILLBILLY BOPS(ヒルビリーバップス)、FAST DRAW(ファストドロウ)、FABIENNE(フェビアン)、THE PRIVATES(ザ・プライベーツ)、ベルベット・パウ、MUSCLE BEAT(マッスルビート)、REACTION(リアクション)、REPLICA(レプリカ)、ROSEN KREUZ(ローゼンクロイツ)、THE LONDON TIMES(ザ・ロンドンタイムス)などなど、本当にきりがないです。ちなみに千年コメッツはLUNATIC ORCHESTRA SENNNEN COMETSとして取り上げられてました。私も、名前しか知らなかったバンドや、名前も知らなかったバンドが沢山掲載されていて本当にすごい本だと思っています。

    もちろん、なんであのバンドやアーティストが入っていないのかとか逆に過大評価ではないか、という違和感はあると思います。私同様に。好みが違うのなら意見が違うのも当然で、前書きによると「80年代型ロックに特化」「最初にリストアップした段階で作品は1000タイトルを優に超え、そこから200タイトル強にまで落とし込んだ。」とのことなので、多少の見解の相違は気にしないでいただければと。

    最後に。本書から除外された80年代型ロック以外の作品を主体にした続編を、そして80年代型ロックについて当初の1000タイトル以上の作品を取り上げたバージョンが出ることを切に望んでいます。そのためには、皆で買うしかないのでしょう。出版のみならず放送やカラオケ(の曲の選定)にも言えるのですが、自分の好きなものを、特にこの時代についてもっと取り上げて欲しいのであれば、それがいかに収益につながるかを情報を発信する方々により良く体験してもらうしかないと考えています。
     
     
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    一番ロックっぽい自作曲をどうぞ。


    「Enfance finie(詞・三好達治)」 歌は穂歌ソラさんです。
     

     

    バンドブームなどあの頃の音楽、邦楽の関連本です。

    「BAND…」は「BAND LIFE バンドライフ」(吉田豪著・メディアックス)、「ミュージック・マガジン…」は「NU SENSATIONS 日本のオルタナティヴ・ロック 1978-1998」(小野島大著・ミュージック・マガジン)、「私たちが熱狂した…」は「私たちが熱狂した 80年代ジャパニーズロック」(タツミムック・辰巳出版) です。


  • イギリス名詩選(平井正穂編・岩波文庫)感想とメモ

    古本屋で300円で購入、定価表示が620円。この程度の値段で一国の代表的な詩が100作収められているのは本当にありがたい限りです。今アマゾンを見たら1012円、何故に!?中古は24円でした。なお、結構力のこもった編者の平井正穂による前書きによるとこの詩集に載っているのはルネッサンス期のスペンサーから現代のブランデンまでで、第二次世界大戦の前後より後のものは別に編まれるべき、とのことで割愛されています。

     
    全体的に以前ブログに書いたフランス名詩選よりも感覚が似ていて読みやすく、心情もわかりやすかったです。漢詩にもよくあるのですが、悠久の自然と比べて自分の人生は何なのか、なんて題材はピンとくる感じでした。

    逆に気持ちに少し待ったがかかったのがキリスト教の信仰を題材にしたものです。縁が遠い概念なので作者の心情を把握するよりも、私としては知識としてとらえる意味合いのほうが強かったです。

    その他、言及したいものなどを。トマス・キャンピオンの「誠実な人間」(P47 9)の最後二行を読んで、鴨長明の方丈記の冒頭を思い出しました。また、アレグザンダー・ポウプの「隠栖の賦」(P133 33)がこの詩と似ているのですが、何らかの関係というか影響というのかがあるのか気になるところです。同じくトマス・キャンピオンの「熟れた桜桃(さくらんぼ)」(P49 10)についてですが、聖書の禁断の実がさくらんぼという話は初耳なので少し驚いてます。ジョン・クレアの「私は生きている」(P207 61)で、今いる世界から次に向かう世界として「海原」の語が出てきたのはケルト人の信仰の名残なのでしょうか。ロバート・ブラウニングの「ピパの唄」(P241 69)は、対句による構成がなんか本当に漢詩みたいで面白いもんだな、と思いました。

    虫の声、鳴き声に触れた詩があったのでメモしておきます。ウィリアム・バトラー・イェイツの「イニスフリーの湖島」(P225)という詩です。また、虫の発する音ということであれば、この詩の「蜂の飛び交う音」とウィリアム・コリンズの「夕べの賦」(P129 38)、サミュエル・ロジャーズの「小さな願い」(P151 45)の三作にみられます。「夕べの賦」では甲虫(かぶとむし)の翅の音に触れていて、「小さな願い」では「蜜蜂の小さな唸り声」とこちらは少々変わった表現を用いてます。
     
     
    以下は自分用のメモです。私がいいな、と感じた作品を書いておきます。

    P 37 5 静かな想いにさそわれて ウィリアム・シェイクスピア
    P 49 10 熟れた桜桃 トマス・キャンピオン
    P 81 22 老齢 エドマンド・ウォラー
    P 91 27 出征に際し、ルーカスタへ リチャード・ラヴレイス
    P117 35 ヘンリーの旅籠屋にて記す ウィリアム・シェンストン
    P121 36 金魚鉢で溺死した愛猫を悼む トマス・グレイ
    P135 39 ポプラの野原 ウィリアム・クーパー
    P153 46 発想の転換をこそ ウィリアム・ワーズワス
    P205 60 ある一つの言葉 パーシ・ビシー・シェリー
    P207 61 私は生きている ジョン・クレア
    P241 69 ピパの唄 ロバート・ブラウニング
    P265 78 ヘラクレイトス ウィリアム・コーリ
    P267 79 真実は偉大なのだ コヴェントリ・パトモア
    P269 80 思い出 ウィリアム・アリンガム
    P271 81 燈台草 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
    P281 86 夕闇に鳴く鶫 トマス・ハーディ (※ 鶫=つぐみ)
    P291 88 逝きしわが子 ロバート・ブリジェズ
    P299 90 イニスフリーの湖島 ウィリアム・バトラー・イェイツ
    P317 95 みんなが唄った シーグフリード・サスーン
    P327 98 マリーナ ここはどこだ、どこの国、世界のどのあたりなのか? トマス・スターンズ・エリオット

    再読するならしばらく後で……数年後に読んだ方が自分の心境の変化がわかりそうな気がします。
     
     
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    今回はこの曲です。


    蛍の光はスコットランド民謡。
     

     

    イギリス関係の本を少し集めてみました。


  • 消されゆくチベット(渡辺一枝著・集英社新書) 感想とメモ

    この本、買ってはみたもののタイトルから中国によるチベット人への虐待の陰惨な描写が延々と続いて、読んで落ち込むことが必定だと思っていて長い間手に取ることをためらっていたのですが、そんなことはありませんでした。

    本書は2013年4月初版発行で、ベースとなっているのは著者によるチベットへの旅行記です。ただ、道なき道を車で行く様は冒険記の色合いが強く、そして滞在した折にチベットの社会の変化や、伝統的文化に触れた描写もあります。結構それらの移り変わりが速いので、今もまた本書発行時とは違うことが沢山あるのでしょう。


     
     
    本書の主な目次は以下の通りです。
     

    第一章 ドンを探しに
    第二章 変容する食文化
    第三章 ダワのお葬式
    第四章 子供の情景
    第五章 伝統工芸の行く末
    第六章 「言葉を入れておく瓶はない」
    第七章 近代化の波

    そして中国による社会変化、というより浸食に関する記述が時折現れ、第六章と第七章にまとまって書かれています。2008年から2012年にかけての状況について詳しいです。やはり民族の首根っことなるのが言葉、言語で、たとえば日本の学校で日本語で行われる授業が週に四、五時間だったらどうだろうとか、そういうことを考えました。そして鉄道や道路などの交通手段の影響も大きく、街が目に見えて変わっていく様が描かれてます。

    また、2008年3月10日の僧侶の抗議活動が現地の人に深い影響を及ぼしたとのことで、これからもこの日付は覚えておいたほうがいいように感じました。以下、ネット上で関連するサイトのリンクを貼っておきます。

    チベット問題はこうして始まった ダライ・ラマとチベット人の「抵抗の歴史」 (imidas)

    チベット騒乱 (コトバンク)


    チベット民族平和蜂起49周年における内閣の声明 (ダライ・ラマ法王部日本代表部事務所)

    三月一四日の前に何が起きたのか? (唯色コラム日本語版第06回 集広舎)

    関連
    チベット民族蜂起記念日 (Wikipedia)

    その他、目についた部分のメモなど。

    第一章の「ドン」は野生のヤクのこと。著者がチベットへ旅に出たのは2005年の4月末から(P13)と2009年の4月下旬から(P34)。聖湖ナムツォ。

    第二章はP72の1970年代の日本製の製品(衣料品)に関する記述で、この頃のことはよくわからないので気に留まりました。

    第三章の主な記述は2006年6月のチベットでの滞在について。聖湖ラモラツォ。

    第四章は2008年頃の話だろうか(2006年に中学卒業テストを受けたタシ(P101)が高校二年生(P129))。P123からチベットの教育・学校事情(における中国の影響)

    第五章は2006年と数年前(2010頃?)のチベットでの記述。線香(藏香)、紙漉き(手漉き紙)、経本の版木、焼物、革細工、布(機織り)について。

    第六章。教科書の言語が突然チベット語から漢語に変わることもある。支配する、というのはこういうこと。怖い。それにしても、1949年に中国軍がチベットに侵攻したとき、当時の大国、米ソ英仏や国連(1945年10月設立)は何をしていたのだろう。
    (中国が核兵器の初実験をしたのは1964年 (世界の核兵器、これだけある 朝日新聞DIGITAL))

    (「ソ」はソビエト社会主義共和国連邦 (コトバンク)。通称ソビエト連邦、ソ連とも。)

    第七章のチベットの主な記述は2013年か。西部大開発。聖山カイラス。

    最後に。内容が雑多という点では、チベットのことを広く知るにはいいのではないかと思います。軽い内容ばかりではないのですが、考えてみれば重たい事情を抱えているのにそれに触れないのは不自然なのである意味バランスがとれているといえるでしょう。もちろんこれ一冊でチベットの全てがわかるというわけでもないので、あくまでも何かのきっかけとなりうる最初の一冊と考えていただければと思う次第です。
     
     
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    今回はこの曲


    「水の鏡インストゥルメンタル」 です。
     

     

    以下はチベット本の特集です。右端はチベット語の本です。


  • 日本の戦略外交(鈴木美勝著・ちくま新書) 感想

    国際政治とか外交には少し興味があって、「国際政治 恐怖と希望」(高坂正堯・中公新書)については以前記事も書いたのですが、ブログに書いていない本もいくつかあって機会があったら取り上げてみたいです。今回はちくま新書の鈴木美勝(よしかつ)「日本の戦略外交」(ちくま新書)についての記事です。

     
    この本のテーマは現在の第二次安倍政権の外交についてです。それに関して1990年代からの日本の外交の説明があります。逆に、日本の外交として重要でも安倍内閣の外交と関係ない小泉政権での北朝鮮外交なんかは本書の対象外なので、本書のタイトルは「安倍政権の戦略外交」のほうがしっくりきます。

    本書の主な目次の見出しを以下に書いてみます。410ページある結構厚い新書です。

    プロローグ 吉田と岸の<戦略的リアリズム>

    第1章 戦略的猶予期間-冷戦終結後の外交風景

     第1節 1990年代-地殻変動の中の日本外交
     第2節 先取りした価値観外交
     第3節 橋本外交と日米同盟再定義
     第4節 「価値観外交」ギャップ

    第2章 戦略構想「自由と繁栄の弧」

     第1節 「容赦ない試練」の時代
     第2節 「自由と繁栄の弧」から「地球儀俯瞰外交」へ

    第3章 地球儀を俯瞰する外交

     第1節 ジャパン・ブランド-アベノミクス・東京五輪誘致・TPP
     第2節 ユーラシア戦略
     第3節 未開の戦略空間アフリカ

    第4章 海洋戦略「安倍ダイヤモンド構想」

     第1節 インド再発見
     第2節 二つの海-8年目の真実
     第3節 インド外交の挑戦「非同盟2.0」

    第5章 外交と安全保障と靖国参拝

     第1節 「戦後レジーム脱却」路線の残り香
     第2節 日中関係は日米関係である
     第3節 中国の安倍孤立化戦略と誤算
     第4節 日米和解劇、陰の主役・中国

    第6章 アメリカの歴史認識と日本外交

     第1節 戦後70年の米国外交
     第2節 戦後70年の同盟深化
     第3節 戦後70年首相談話の深層

    第7章 中韓の歴史認識と日本外交

     第1節 和解模索の虚実
     第2節 動き出した日中関係-安倍戦略外交
     第3節 戦後70年談話の裏側
     第4節 安倍談話後の日韓関係

    第8章 戦略的リアリズムの真贋-対露外交

     第1節 北方領土交渉の戦後史
     第2節 ロシア・スクールの盛衰史
     第3節 安倍の信念と領土交渉の現在
     第4節 北方領土問題の深層

    第9章 戦後日本外国の課題と超克の苦悩

     第1節 アメリカン・レジーム-核時代の頸木
     第2節 「トランプのアメリカ」とどう向き合うか-価値観外交の危機

    エピローグ <戦略的リアリズム>と「時間の支配」

     
    以下、気になったこととか読んだ感想を小出しに書いていきます。

    P59
    1996年の李鵬首相の発言「中進国になるのに、少なくとも30年は必要」とのことですが、今では予想以上に先に進んでいるとしか思えません。

    P61
    クリントン大統領の評価。「3つのノー」については今ほど中国が脅威でなかったから、とも言えますがそれにしても踏み込み過ぎ、楽観視し過ぎでしょう。

    P69
    「自由と繁栄の弧」については一見何ともないような表現ですがそこには重大な意味があり、同様に何気なくみえて大事なことを表している言葉があると思うと政治の言葉をきちんと受け取るのは難しくそこは自覚しておかなければと感じました。

    P84
    政治を行う上で重要なのは政治家だけでなく官僚についてもそうであり、官僚を如何に育てて如何に働いてもらうか、それが政治に重要な影響を及ぼす以上は避けては通れない課題で、そのために誰が何をすべきか、などと考えるとなかなか難しい問題だろうと思う次第です。

    P138
    「アジアの民主的安全保障ダイヤモンド」(Asia’s Democratic Security Diamond)の本文はこちらで途中まで読めるようです。和訳を乗せているサイトもありましたので、あとは検索して各自自己責任でお願いします。

    P142
    「開かれた,海の恵み―日本外交の新たな5原則―」の本文は外務省のサイトのこちらに掲載されています。

    P156
    「華人系ムスリムの間で、南洋にイスラームを広めた人物として鄭和が顕彰されている」とのこと。次のページには鄭和の大航海は「海上のメッカ巡礼ルートを再開するため」という説が述べられていて、どちらも初めて聞いた話なので驚きました。

    P180
    靖国参拝は国内の支持基盤を維持する意味はあるのですが、意外に米国の動向に影響して日本の利害に直結しかねないので今後も慎重に取り扱わなければいけない事柄でしょう。

    P228
    靖国参拝だけでなく従軍慰安婦問題についても扱いようによっては対米外交で障害になりかねない。それは一国のリーダーがどのような人物であるかという評価につながるからで、首相は(場合にもよるが)相手国に受けのいいことを言い、歴史認識などの政治的主張を持っていてもそれが反感を受けるようなことであれば言わないようにするしかないのだろう。となると首相、というか政治家ではなく民間レベルで相手国の政治家に反感を持たれない程度に少しずつそれらの主張を広めていくしかない、そんなことを考えました。

    P240
    状況が良いが故に見通しが甘くなってしまう例。政治にはこういうことが多い気がするので、いつ何時も油断は禁物でしょう。

    P255
    天災という、人の手ではどうしようもない要素も外交に重大な影響を与えることもある。本当に政治運営は難しいと思います。

    P258
    「当時の外相・高村は、産経新聞に証言している。『とにかく文書で一度、謝ったら二度と過去を問題としないというメッセージが韓国政府から何度もきた。それで政治的な決断をした』(『角栄の流儀・小渕恵三元首相編(下)』『「反省とおわび」の日韓共同声明』2014年5月8日付産経新聞)」だそうです。ここでの文書とは1998年10月の日韓共同宣言「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」のことです。また、産経新聞のweb記事が保存されたページを以下に記しておきます。

    「反省とおわび」の日韓共同声明、「韓国は二度と問題にしないと何度も言った」
    Internet Archive 1ページ目 2ページ目 3ページ目 4ページ目 5ページ目

    P263
    そういえば福田康夫元首相は、当時アジアのことをよく考えている(≒比較的中国の立場を考慮している)という評があった記憶があります。父が故・福田赳夫で40歳で会社を退職後政界入りして54歳で初当選という経歴が気に掛かるところで、もっと若いうちから政治に取り組んでいた人のほうが政治の機敏がわかる(本書での言い切り問題)という上でも良かったのかもしれないと漠然と感じているところです。

    P266
    2014年の日中首脳会談に先立つ4項目合意についての、中国側のダーティな手法についての記述。これを防ぐには「同時に発表すること」まで明文化しないといけないのでは。

    P279
    メルケル方式、本書の例について言うならEUがロシアと一層険しく対峙する状況になったらこのときの所業を双方から蒸し返されそうなのでそんなにいいとは思えません。

    P307
    外務省の楽観的な見方の例。本当にこういうのはあてが外れることが多い気がします。そしてここでも、問題に精通した官僚を如何に育て、活かすか、そして後の世代へ伝えていくか、深い問題が横たわっているように思えます。その意味でも北方領土を巡る問題の解決は困難といえるでしょう。

    P314
    オバマ……と思うと同時に、何でもかんでも一人の人間に判断を任せることがどだい無理な話であって、問題が多数あるのなら周りがフォローして、かつそれを許容される風土というか環境というか、そういうのが大事なのでしょう。

    P318
    読む分には上手いスピーチだな、と素人目には映るのですが外交の専門家からすればどうなんでしょう。スピーチの全体はこちらです。本書の表現「前のめり」(P316)が、多少の危うさが感じられるという意味を含んでいるように思えてしっくりきます。

    本書は現時点での安倍政権の外交を考える上で、歴史的経緯等の説明などについては有益だと思います。しかし、2017年2月初版であり、第7章以降の中韓・ロシア・アメリカについては問題設定も含めて古い面があるので、そこはこの本を元に最新情報と照らし合わせて考えていく必要を感じました。
     
     
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    今回はこの曲です。


    「スタンバイのテーマ」です。
     

     

    以下は国際政治本の特集です。


  • 創られた「日本の心」神話(輪島祐介著・光文社新書) 感想 演歌はどこまで日本の心か

    演歌議連こと演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会。2016年に以下の記事が出ています。

    日本の伝統文化の演歌を絶やすな! 超党派「演歌議連」発足へ(産経ニュース)

    演歌・歌謡曲の発展を 超党派の国会議員の会設立(しんぶん赤旗)

    これらの記事を見たときこれからどうなるのか、もしかしたら演歌歌手に相当な便宜、金銭的支援が図られることになるのかとやきもきしていたのですが、現在のところ何も起きていないようです。特定の文化、即ちそれに携わる人物に国家が援助すること自体は筋が通っていれば反対しないのですが、それでもまず本当に民間からお金を集める努力をしたのか、その検証が先にされるべき話です。クールジャパンとか今どうなっているんだろう。

    ただ、演歌は日本の心であるという主張に対しては最低限の知識は備えておいたほうがいいだろうと本書を購入しました。初版2010年、本文350ページで中身も読み応えがあっていい本でした。

     
    結論からいうと、「じゃあ昭和20年代の演歌を歌ってみてくれませんか。それ以前の時代でも構いませんので、どうぞ」と言えば解決できそうなことがわかりました。私なりの解釈です。その理由は本書をご覧いただければ自ずとわかるでしょう。

    なお、明治・大正期の社会批判の演説が演歌の発祥という説があり、私もおぼろげながら耳にしたことがあるのですが、本書では「レコード歌謡とは別の実践の論理を持つ大衆的な音楽(芸能)であった」(P62)という見解をとっています。

    その他、目に付いた箇所を取り上げていきます。

    美空ひばりについては「はじめに」で活動経歴が演歌だけではないことを前提に日本人の意識の変遷と演歌の音楽的な要素を探るための例として取り上げています(第四章でも考察されています)。そして、これは同時に本書で「演歌といえば」で始まる諸概念の考察を行うことを意味しています。

    そして、P45で以下のように述べています。

    「言葉自体はレコード歌謡の第二期に現れたものだが、その音楽的特徴は第一期のものである、しかもその語源はレコード歌謡以前に遡る、という点が、『演歌』のレコード歌謡史における位置付けを複雑にし、また歌謡史の見取り図を描きにくくしているのです。」

    確かにそういうことであれば演歌が日本の(相当昔からの)伝統だと思われても仕方がない一面もあり、そのような思い込みや、それに関連した不利益を防ぐためにも学問や研究はどのような分野であれおろそかにできないことを実感しました。

    P47のレコード大賞の「ポップス・ロック部門」と「歌謡曲・演歌部門」の分割には少し思うところがあって、バンドブームの影響でそれ以外の音楽の売り上げが減少したため旧来の業界が延命を試みた一面もあったのではないかと考えています。また、その後の演歌が商業的に成功した期間が短かった、という指摘も覚えておくべきでしょう。

    また、話はそれますが音楽史としてP62から「この注文に対して晋平は、伝統的な民謡音階(田舎節)と西洋の長音階の折衷であるヨナ抜き長音階、(以下略)」「後にしばしば『日本的な音階』として人口に膾炙することになる『ヨナ抜き五音音階』は、大正期にきわめて近代的な意識に基づいて生みだされた和洋折衷の産物なのです。」(注:晋平=中山晋平 作曲家)とあり、これも心に留めておこうと思いました。

    P77に「田舎調」の、そしてP79から田舎調を定式化した船村徹の話がでてきます。田舎、地方、土着。田舎は都会ほど変化が少ない。明治・大正からの姿、雰囲気、そして昔からの伝統がそのまま残っているように思える。だから、田舎を思わせる歌を歌うことが、演歌がそれこそ明治・大正の昔から存在するような錯覚をする一因になったのかもしれない。そんなことを想像しました。

    P319で触れられている、すぎもとまさとの「吾亦紅」(2007)。私がこの曲を聴いて思ったのは、サウンド的には松山千春の「窓」(1979)のようなものなんじゃないかと。で、聴いてみたら後者は案外バンド的なアレンジがされていたのですが、それでも前者がサウンド的に演歌・歌謡曲のカテゴリに入るのは納得できないものがあります。

    他にも作家(作曲家)に対する歌手の専属制度など昔の芸能界についての説明も興味深く読めました。また、作家・五木寛之の章では本書の主題とは別に氏の構成力の高さがうかがえて説明だけでも驚き感心しました。(氏の作品は未読であり、またその作品の主題に同意したわけでもないです。)

    演歌についてはまた後で何か書くかもしれませんが、最後に「日本の心」という表現について。まず、日本の心とは日本人の心であり歌や音楽については各々異なる見解が多々あることから演歌もまた日本の心の一部ではあるのだろうけれどそれ以上の存在、例えば代表ではないこと。次に、演歌に限らず「○○は日本の心」と表現に出くわしたときに、特に○○と同ジャンルの事物は思考から排除されがちになるので気を付けること。ここではこの二点を指摘しておきます。
     
     
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    今回は、意図せずして演歌っぽい曲になったこちら、


    「いつか会う日には」歌は冷声ゼロさんです。
     

     

    今回は音楽関係の本の特集です。