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  • 正法眼蔵入門(頼住光子 著・角川ソフィア文庫)感想

    哲学、いわゆる西洋哲学に対する東洋哲学の一端を垣間見てみたくて読んだのですが、どう捉えたらいいのかわからなくなった、というのが正直なところです。この本を読んだからこそ思ったのですが、哲学とはどのような形であれ現実ときちんと接続されていることがその要件なのではないでしょうか。しかし、この本を読む限りでは「さとり」も「仏性」もそれが現実と結びつく様子が窺えない。何だか読んでいくうちに、漫画やアニメや小説などの作品世界の謎概念について延々と思考を巡らせているだけのような気がしてきました。あるいは、特殊な感覚養成訓練とそれに関する設定考察とでも言うべきか。世界は素粒子から外宇宙まで互いに関わりあって一体である(注:本書にこのような表現は出て来ません。この本を読んで考えた私の独自解釈です。)と言われても、確かにそう捉えられる面もあるのだろうけれど「あなたの教えではそう解釈されるのですね」以上のものが出てこない気がします。「禅的生活」(玄侑宗久 著、ちくま新書)に出てきた「お悟りは生活の役に立たない?」(P123)なんて言葉を思い出したりもしました。

    ただ、全てが関わり合いながら一体であるといった見方は、もしかしたら死後の世界や、死への恐怖を和らげることとつながるのかもしれない。そのことが正法眼蔵に記述された思想と現実との接点として最も考えられるように思えます。この本にはそんなことは書かれていなかったはずなのですが。一神教の教徒がヤハウェやアラーと、それらの唯一神が説く天国を芯から信じ込むように「全てが関わり合いながら一体」の感覚を心の奥底から「そうだ」と実感できるようになることで、「死」が自分の終わりではなくなると思えるような働きが生じる可能性は否定できないのですが、それはあくまでも信仰を基とした感覚の話であって、論理的に思考に裏打ちされた「哲学」とは別物として扱うべきなのでしょう。

    こんな考えが覆る日がいつかは来るのだろうか。「回心」(参考 回心 https://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E5%9B%9E%E5%BF%83 新纂浄土宗大辞典)という用語もあったなあ。その際に読み返すためにも、本書の感想を書いてみました。
     
     
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    今回はこの曲をどうぞ。


     
    「世界迷路とおもちゃ箱」 歌は、闇音レンリさんです。ご視聴よろしくです。