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  • ITmediaビジネスONLiNEの孤独に関する記事を読んで

    webに以下のITmediaビジネスONLiNE発の記事「なぜオジサンは『孤独』の犠牲者になりやすいのか」が掲載されていましたので、感想などを。

    まず、些細なことから。タイトルに「犠牲者」とあるのですが、これは大切な誰かや何かを守ったから孤独になった、ということなのでしょうか。そうでないのなら「被害者」のほうが適切な気がします。この犠牲者という表現には前々から気になっていて、例えば交通事故があった場合(例:タイ事故犠牲者、京都の医師と妻か 病院にも動揺広がる)の被害者を犠牲者と呼ぶのは、おそらく花を持たせようとして書いているのだろうけど、どうしても違和感を感じます。

    本題に戻ります。文中の「オバマ大統領の下で公衆衛生局長官を務めたマーシー氏」(Vivek Murthy)については少し気になったので調べてみました。その論文「Work and the Loneliness Epidemic」(Google日本語訳 その1その2その3その4)は、なかなか一読する価値があるいい内容でしたので、是非一度読んでいただきたいです。もっとも私は英語が苦手なので、Google翻訳頼みなのですが、それでも大きく間違ってはいないと思います。

    私の感想としては、まず主観による見解が中心なのでそこは気を付けたほうがいいと思いました。また、孤独が苦になる人がそれが原因でストレスが生じ心身に悪影響が出るのはわかるのですが、孤独が苦にならない人にも当てはまるか疑問です。あと、Inside Scoopのアイデアは興味を持ったものの、自分の情報を誰にどこまで出すかについてはそれこそ個人に判断が委ねられるべきことなので、後々孤独を防ぐために自分の情報を望まない形で出すことが求められる風潮になったら嫌だと思いました。これは自分でも少し考えすぎなのだろうと思っています。

    また、本文中の「日本は孤独という『国民病』を患っている」のくだりも嫌な書き方だと思いました。付き合いがないこととさみしいことは別で、付き合いがなくてもそんなにさみしくないかもしれない。その度合いを明らかにするのは、多数の人間を対象とした調査しかない、というのが私の考えです。

    それと、「40~60代男性の自殺率が高いデータもあります。」という記述がありますが、それが孤独に関係している根拠はあるのでしょうか。もう少しここは慎重に、根拠があるならそれを明示して語ってほしいところです。

    あと、雑感として。手を差し伸べなけらばならない孤独については行政による手助けも必要なのでしょうが、この記事の対象となっている高年齢の男性については、食うのに困ってないのならできるだけ個人の力で孤独を克服してほしいし、行政面から考えると国によって優先すべき事情は様々であることから、まず食うのに困っている人から助けるべきではないか、とこの記事から考えて思いました。

    よろしければ、この手の記事に反応した記事「毎日新聞の孤独に関する記事を読んで」も一読していただければ幸いです。

     
    以下は「毎日新聞の(以下略)」と同じです。

    「禅的生活」は少しだけ心が自由になれる気がする本です。また「明治・父・アメリカ」は少しだけ前向きになれる気がする本です。メンタル的な意味では私の中でツートップなのでこの機会に紹介します。「ひとりぼっちを笑うな」は少し前に紹介したので是非、記事のご一読を。

    スターダスト・レビューのアルバム「RENDEZ-VOUS」には言葉じゃいえないLonelinessが収録されています。お題の孤独に関連して思い出した好きな曲ですので、ここで紹介しておきます。あと、池田聡のアルバム「JOY AND PAIN」の「濡れた髪のLonely」もいい曲でした。


  • 毎日新聞の孤独に関する記事を読んで

    webに以下の毎日新聞発の記事が掲載されていましたので、感想などを。

    「<社会風潮>大丈夫か孤独大国・日本 「孤高」美化の風潮も」
    毎日新聞Yahoo!JAPANニュース

    まず、誰かと共に暮らすことに幸せを感じる人がいるのと同様に独りで暮らすことを好む人もいます。どのような世の中がいいか、についての考え方は人それぞれですが、私は独りで暮らすことを好む人に対してはその意志を最大限尊重できる世の中がいい世の中だと思います。

    独りで暮らすことを好む人にとって、誰か……おそらく、気の合わない誰か……と共に暮らすことはストレスが溜まり落ち着いた暮らしができなくなる可能性が高いことを意味します。それは、誰かと共に生きることで健康上の問題が低減して長生きできたとしても独りで暮らすことと比べて幸せといえるか、かなり疑問です。長生きだけが幸せの指標ではないことは、これからどのような世の中を目指し構築していくべきか考える上でも心に留めておくべきでしょう。

    また、記事の例で孤独が消極的な意味でとらえられていないのは、独りでいるほうが気楽というか苦にならないという話なので、それはそのままでいいと思います。むしろ記事中の「そうした日本社会の風潮が、孤独を後押しするというのだ。」という書き方こそが、そのような「そっとしておくべき孤独」を「手を差し伸べるべき孤独」と一緒にして無くさなければならない雰囲気を醸成して、そっとしておくべき孤独でいる自由を認めない風潮の一端になりはしないかと危惧しています。この一節こそが、この記事の少し後に出てくるロンリネスとソリチュードの混同だと思うのですが、どうでしょうか。

    記事には、日本の研究者のプロジェクト「JAGES」(日本老年学的評価研究)のデータが示されています。10年間追跡して45日間の長寿ならそれほど影響はない、という考え方でもそれほど違和感はないと思います。孤独を好む人にとって一ヶ月半という期間はその生き方と引き換えにする価値があるのか、少し考えてみるのもいいかと。なお、記事でもこの点については「孤独が寿命に影響を与える因子になり得る」と、可能性を示唆する程度の表現に留まっています。

    健康についてイギリスやアメリカの例が取り上げられていますが、肝心の日本の例が書かれていないので「そういう話が日本にもあるのかも」ぐらいに捉えておけばいいでしょう。

    ロンリネスとソリチュードの話の後にソロで生きる力の話が出てきてソリチュードには誰かとつながる力が必要な印象を受ける文章ですが、それはそういう意見があるというだけの話です。ただ、結局ロンリネスもソリチュードも人とつながらなければならないような論調になっているのは少々気味が悪いです。独りで生きるのに誰かとつながる力があってもいいけど、本人が満足しているなら別に無くてもいいでしょう。それもまた、人それぞれの話ですから。

    孤独……人とつながらないこと……が好きであるなら、それはあくまでも人付き合いの程度の一種であって、それ自体は別に悪いことではないことを今一度ここに記しておきます。もちろん人付き合いが好きなことも孤独が好きなのも、好みの話なのでどちらも自慢するようなことでもありません。また、先の長生きの話と同じく多くの人がいい人付き合いに幸せを感じることには同意しますが、全ての人がそうであるという意見には同意しません。孤独なら、人とつながってないのなら、それはそれでいいんです。あとは、周りの目はともかく自分自身はどんな人付き合いをしたいか、そういう話です。

    そして、孤独それ自体(くどいが、人とつながらないこと)をあたかも悪いことのように取り上げることは、結果として孤独でいる人を追い詰めることになります。孤独でいる人を追い詰めない世の中と追い詰める世の中とでは、後者のほうが孤独でいることに劣等感や罪悪感を感じ気がすさんで健康に影響して不幸になる可能性が高いと思います。それが統計上可視化されるようになれば、またそれを元に孤独でいる人を悪いものとして扱い、叩く……そんなサイクルを生まないよう祈るばかりです。

     

    以下は孤独に関する作品の特集です。

    「禅的生活」は少しだけ心が自由になれる気がする本です。また「明治・父・アメリカ」は少しだけ前向きになれる気がする本です。メンタル的な意味では私の中でツートップなのでこの機会に紹介します。「ひとりぼっちを笑うな」は少し前に紹介したので是非、記事のご一読を。

    スターダスト・レビューのアルバム「RENDEZ-VOUS」には言葉じゃいえないLonelinessが収録されています。お題の孤独に関連して思い出した好きな曲ですので、ここで紹介しておきます。あと、池田聡のアルバム「JOY AND PAIN」の「濡れた髪のLonely」もいい曲でした。