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  • ギリシアの美術(澤柳大五郎・岩波新書)感想

    この本を書店で見かけて、「むむっ」と思った方もいるのではないかと思います。厚い。新書にしてはワンランク厚い。本文がおよそ260ページ。厚い。中をパラパラめくってみると、白黒ですが写真や図版が多いのがわかります。つまり、ちょっとしたギリシア美術の写真集のような意味合いもあるわけで、これだけで少しうれしいものです。

     
    さらに、文章がいい。巧いというより、いいものを読み手にいいと感じさせる、という意味で本当にいい文章だと感じました。内容自体も、その美術作品に対してのみならず、その背景、ギリシアの歴史についても事細かに書かれていて、情報量の面でもすごいと思いました。第1刷が1964年、55年前の本ですが目を通す価値は十分にあります。P75に「最近漸く解読された紀元前十五世紀頃の<線文字B>」(漸く=ようやく)なんて表現も出てきます。本書の構成は、年代的というより、テーマ別に沿って語られたエッセイです。以下に目次を記載します。

    ギリシアの風景-序に代えて-

    I
    エルギン マーブル
    原作と摸作
    神話と美術
    神域
    アゴン

    II
    英雄時代-プロローグ-
    幾何学文様
    アルカイク
    神殿
    アッティカ陶器
    厳格な様式
    パルテノン時代
    墓碑
    四世紀
    夕映え

    あとがき

    以下、印象に残ったことをいろいろ書いていきます。

    P1の「実際ギリシアの空気は特別である。」以下は、ギリシアでは景色がはっきり見えて日本をもイタリアとも違う、という話です。以前、芸術作品はその土地の特徴、風土に影響を受けるので万国共通に感銘を与えるとはいえない、という趣旨の文章を読んだことがあることを思い起こさせました。

    P19からの摸作の話はちょっとショックなことが書いてありました。ギリシアの美術品にはオリジナルが現存しない摸作が沢山ある、ミュロンの円盤投げの像も今あるのは全て摸作、という話です。そして著者はこう述べています。「わたくしは読者に申し上げ度い。摸作には一切目も呉れず、ただひたすらに原作にのみ接し給えと。」これについては確かにその通りだと感じました。

    P33の「美術以外には全く典拠をもたない神話傳説も少くはない」(注:傳=伝)も他では聞かない話で、これも考えようによっては深い話になりそうです。私は、文字(言葉)よりも絵画のほうが、そして絵画よりも音楽のほうが、受け取る側の判断基準に論理よりも感覚が占める割合が多くなると考えてます。おそらく音楽(歌ではなく言葉を用いないインストゥルメンタル、器楽曲)以外に典拠をもたない神話や伝説は今のところ発見されていないと思いますが、絵画のような、伝達手段がより感覚に頼るメディアによる神話や伝説は、文字によるメディアのみの神話や伝説に比べて受け手の心情にどのような差異をもたらすか興味があります。

    紹介が前後しますが、P32の「美術家は神話の解釈者であり創造者であった。」と合わせて考えると、このような社会で美術家はどのように受け止められていたのか、人々の心を動かす神話を題材にした作品を創った作者は今の人が僧侶や神官を見るような意味合いをも含んでいたのか、時間のあるときに想像してみたいところです。

    P50、ピナコテカって絵画館って意味だったのですね。ピナコテカレコードというレーベル名をきいたことがあるのでへぇー、と思ったり。アマゾンにピナコテカレコードのタコ(TACO)の作品が2件ありました。


     

    P52のギリシアの神域では「様々の建物は大きさも方位も配列も全く無計画に雑然と立って居る。」ことから、次の疑問が出てきます。P53「一箇の建築にあれほどの秩序と均斉を与えたギリシア人がその建物相互、彫像相互の配列にはどうしてこうも無造作にこの無秩序に甘んじ得たのだろう。」と。その答えは、しばらくギリシアに滞在し続けた著者にとっては折り合いがつくものであり、私も、なるほどそういう考えもあるものだな、と感じました。

    P57からのアゴン(競技(体育に限らない)、わざくらべ)の解説も、アゴンの概要、何がどのように開催されたかとともに、その中心にあるギリシア人の価値観やその価値観が成し遂げた芸術に至るまで丁寧に述べています。アゴン自体、私はきいたことが無かったので読んでなかなかためになったと思いました。

    P70の写真、キュクラデスの首は現代美術を思わせる素朴、あるいは抽象的な作風の彫刻です。この作品が当時の人々にどのように受け止められてのか、もしかしたらこれはこれで受け入れられていたのかもしれない、と少しそんな期待をしています。

    P99の最後の行から、大理石彫刻や建築の彩色の話題に触れています。これについては初めて知りました。結構当初は色が塗られていたようで少々驚いています。今まで白のイメージに囚われすぎていたというか、でも、この本を読まなけば知る機会も無かったろうから、適切な知識を適切なときに得るのは難しいと感じました。

    P105のギリシアの神殿についての洞察、「この日本の切妻屋根、妻入りの建物と同じ基本構造はギリシア神殿がもと木造から発達したことを物語る。」これも彩色と同様に考えたことすらなく、元からあれは石を積んでつくったものとしか認識していなかったので専門家というのはすごいとただただ感心しました。

    P120からのアッティカ陶器の話。先の美術を典拠とした神話伝説の話と似ていて、陶器に書かれた絵が他に代えがたい重要な資料となる話です。日本でも銅鐸に描かれていた絵から当時の社会や生活を探ることがありますが、古代ギリシアの資料ではこれが結構な位置を占めているようで、しかも芸術的絵画といえるものもあるとのこと。見ると、陶器の曲面が平面に描かれた絵とは異なる独特な効果を生み出していて、これは確かに人の心に訴えかけるものがあります。

    P172。パルテノン神殿についての文章。感動のために理屈、論理があるが、しかしその理屈や論理を語ることが必ずしも感動を語ることにはならない。ただただ、本文を読んで味わっていただきたいです。

    P194は、P1(とP13から)の話につながる、今に通じる難しいテーマです。屋外芸術品はどこにあるべきか。これもじっくり読むことをお勧めします。

    P215からの前四世紀の記述、なるほど、古代ギリシアとはいっても社会に変化が生じる以上、作品をみる目も変えなければいけない。少し気を付けなければ。

    P256のあとがきを除く締めくくりの文章。ミロのヴェニュス(ビーナス)。最後にふさわしい、奥深さを感じるいい文章でした。本当に、この本を買ってよかったです。

    最後に。この本の最後に索引、年代順図番目録もあってこれもまた充実しています。ギリシア美術に興味、関心のある方なら買ってじっくり読んでこの世界に浸れる、そんな本だとつくづく感じました。
     
     
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    今回はこの曲です。いにしえの美に想いを寄せて……


    「月の夜に静かに」歌は朱音イナリさんです。
     

     

    上段は著者、澤柳大五郎の本です。真ん中の書名は「アッティカの墓碑」です。

    ここからは古代ギリシアの本です。

    「ソクラテスの弁明」は「パイドーン」まで収められている次の段の左の二冊の新潮版をおすすめします。ソクラテスの死後の世界に対する考え方が述べられている「パイドーン」まで読んでおかないと「ソクラテスの弁明」を考えるにあたって不十分だと思いますので。

    最後のTM NETWOEKのアルバムは、最後の曲「ELECTRIC PROPHET(電気じかけの予言者)」の舞台がギリシアなので取り上げました。


  • スパルタとアテネ―古典古代のポリス社会(太田秀通著・岩波新書)感想

    おそらく、古代ギリシアのことに興味があるのなら最近出た本の中から選んで読んだ方がいいと思います。というのも、この本の初版は1970年、今から38年前であり、線文字B類の解読が大きな話題となっているぐらいなので、それならそれ以降の研究が反映された本のほうが真実に近づいていると考えられるからです。ただ、文章が平易で読みやすいこと、覚えておきたい考察が沢山あったことから結構この本を気に入ってます。また、本書は値段的にも手に入りやすいはずですので、その意味でも機会があればご一読をお勧めします。

    「ギリシアの美術」は同時に買いました。この際ですので「ヨーロッパ思想入門」もお勧めしておきます。ギリシア哲学にも触れていて、なかなか読み応えがありました。

     
    それでは本書を紹介します。「I 古典古代とはどんな時代か」では古典古代という言葉の持つ意味の解説と「古代ギリシア・ローマ」の概念の推奨、当時の国家やポリスの形態をおおまかに説明しています。本書によると「ポリスの国名は『アテネ人』『ラケダイモン人』『コリント人』『テーベ人』『アルゴス人』等々」(P13)とのことで、「アテネ人とは、アテネの市民団を意味し、」(同)ていた、とのことです。また、市民と土地の関係、自由やアレテー(「良さ」)にまつわる価値観、政治論について語られてます。

    「II 東地中海世界とホメロスの世界」で先に述べた線文字B類の話題が出てきます。そして、その解読の成果として当時のギリシアの社会をどう考えるべきか、について語られてます。また、土地と天候が農業に影響を与え、その農業を維持するためにどのような社会を形成したか、特に土地の所有のとの関わりについて詳しく分析しています。

    「III 貴族政ポリスとその危機」では身分、すなわち奴隷だとか農民、市民の実態について説明しています。農民の説明にヘシオドスの詩が引用されているのが印象的です。そして貴族政での社会の発展、立法家や僭主の登場、文化や学問の発展についてかなり語っています。コロフォンのクセノファネスの「ライオンが人間のように手をもっておればライオンと同じような神を描くだろうし、」(P75)という考え方が好きです。また、商工業が発展して貨幣を使うようになった結果、現実と本質を区別できる抽象能力が発達して哲学が発達した、というのもいい発想だと思います。(ただし、他のところではどうだったのか、という疑問もありますが。)

    「IV スパルタ―その国制の特徴―」では、スパルタの特異性を書き綴ってます。「敵に対する巧妙な攻撃と狡猾さを養うために盗みを奨励され、」(P88)だけでもインパクトが強い上に、その文の後に続くのは「また核心に迫るような短い言葉を吐くことを教えられた。」(同)で、スパルタ人がツイッターを始めたらどうなるのだろう、とか思ってしまいます。そして、そんなスパルタがどのようにして成立し、そしてどんな行く末をたどったのか、について書かれています。

    「V アテネ―その国制と政治過程―」ではアテネの政治体制、社会、歴史について述べています。殺人が「国家に対する犯罪」になるまでの過程(P106)が印象に残ります。また、書物「アテネ人の国制」を元に立法家ドラコンについて、そしてその後アテネを改革したソロンやクレイステネスについて多く語っています。鎌倉時代の徳政令を思わせる負債の帳消しがこの時代にもあったなんて驚きでした(P119)。

    「IV 戦争と平和のポリス社会」で、アテネとスパルタがともに語られます。政治、身分制度、土地所有の差、そして大国ペルシアとの戦史。その後の、アテネ中心でありながらポリスの概念の枷を超えられないが故にアテネの統一とはなりえないギリシアの歴史。そしてアテネの民主政についてはペリクレスの見事な演説を引き合いに出して説明しています。しかし、その後アテネは盛者必衰としかいいようのない事態に陥ります。章の最後にアテネの国家財政について触れています。

    「IIV ポリス市民の意識構造」は最終章で、祭典、アポロン、ディオニュソス、悲劇、喜劇がキーワードです。特に悲劇と喜劇については、それらがもつ社会的意味合いも含めて詳しく解説してます。また、ギリシア哲学についてはソクラテスの思想と当時のギリシア社会との関わり合いについてまとめています。そして最後に、このギリシア社会について引っ掛かりを感じる要素、奴隷制について論じています。

    一番読んでよかったと思えるのは最終章で、ギリシアの文化と思想について感心することが多かったです。でも、それらを生みだしたのはどのような社会であったか、という視点も重要で、それは今後もできるだけ意識しておきたいと思っています。

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    そして我々はどこへ向かうのか。


    曲は「マリオ」歌は冷声ゼロさんです。
     

     

    今回のアフィリエイトはギリシア特集です。

    最後の本は、むかーし読んだことがあるような……