• タグ別アーカイブ: 国際政治
  • 消されゆくチベット(渡辺一枝著・集英社新書) 感想とメモ

    この本、買ってはみたもののタイトルから中国によるチベット人への虐待の陰惨な描写が延々と続いて、読んで落ち込むことが必定だと思っていて長い間手に取ることをためらっていたのですが、そんなことはありませんでした。

    本書は2013年4月初版発行で、ベースとなっているのは著者によるチベットへの旅行記です。ただ、道なき道を車で行く様は冒険記の色合いが強く、そして滞在した折にチベットの社会の変化や、伝統的文化に触れた描写もあります。結構それらの移り変わりが速いので、今もまた本書発行時とは違うことが沢山あるのでしょう。


     
     
    本書の主な目次は以下の通りです。
     

    第一章 ドンを探しに
    第二章 変容する食文化
    第三章 ダワのお葬式
    第四章 子供の情景
    第五章 伝統工芸の行く末
    第六章 「言葉を入れておく瓶はない」
    第七章 近代化の波

    そして中国による社会変化、というより浸食に関する記述が時折現れ、第六章と第七章にまとまって書かれています。2008年から2012年にかけての状況について詳しいです。やはり民族の首根っことなるのが言葉、言語で、たとえば日本の学校で日本語で行われる授業が週に四、五時間だったらどうだろうとか、そういうことを考えました。そして鉄道や道路などの交通手段の影響も大きく、街が目に見えて変わっていく様が描かれてます。

    また、2008年3月10日の僧侶の抗議活動が現地の人に深い影響を及ぼしたとのことで、これからもこの日付は覚えておいたほうがいいように感じました。以下、ネット上で関連するサイトのリンクを貼っておきます。

    チベット問題はこうして始まった ダライ・ラマとチベット人の「抵抗の歴史」 (imidas)

    チベット騒乱 (コトバンク)


    チベット民族平和蜂起49周年における内閣の声明 (ダライ・ラマ法王部日本代表部事務所)

    三月一四日の前に何が起きたのか? (唯色コラム日本語版第06回 集広舎)

    関連
    チベット民族蜂起記念日 (Wikipedia)

    その他、目についた部分のメモなど。

    第一章の「ドン」は野生のヤクのこと。著者がチベットへ旅に出たのは2005年の4月末から(P13)と2009年の4月下旬から(P34)。聖湖ナムツォ。

    第二章はP72の1970年代の日本製の製品(衣料品)に関する記述で、この頃のことはよくわからないので気に留まりました。

    第三章の主な記述は2006年6月のチベットでの滞在について。聖湖ラモラツォ。

    第四章は2008年頃の話だろうか(2006年に中学卒業テストを受けたタシ(P101)が高校二年生(P129))。P123からチベットの教育・学校事情(における中国の影響)

    第五章は2006年と数年前(2010頃?)のチベットでの記述。線香(藏香)、紙漉き(手漉き紙)、経本の版木、焼物、革細工、布(機織り)について。

    第六章。教科書の言語が突然チベット語から漢語に変わることもある。支配する、というのはこういうこと。怖い。それにしても、1949年に中国軍がチベットに侵攻したとき、当時の大国、米ソ英仏や国連(1945年10月設立)は何をしていたのだろう。
    (中国が核兵器の初実験をしたのは1964年 (世界の核兵器、これだけある 朝日新聞DIGITAL))

    (「ソ」はソビエト社会主義共和国連邦 (コトバンク)。通称ソビエト連邦、ソ連とも。)

    第七章のチベットの主な記述は2013年か。西部大開発。聖山カイラス。

    最後に。内容が雑多という点では、チベットのことを広く知るにはいいのではないかと思います。軽い内容ばかりではないのですが、考えてみれば重たい事情を抱えているのにそれに触れないのは不自然なのである意味バランスがとれているといえるでしょう。もちろんこれ一冊でチベットの全てがわかるというわけでもないので、あくまでも何かのきっかけとなりうる最初の一冊と考えていただければと思う次第です。
     
     
    【宣伝です】趣味で作曲した作品の動画などをYoutubeで公開してます。
    チャンネル登録していただけたらありがたいです。ニコニコ動画もどうぞ。

    = LINEスタンプはじめました!(←クリック) =

     

    今回はこの曲


    「水の鏡インストゥルメンタル」 です。
     

     

    以下はチベット本の特集です。右端はチベット語の本です。


  • 日本の戦略外交(鈴木美勝著・ちくま新書) 感想

    国際政治とか外交には少し興味があって、「国際政治 恐怖と希望」(高坂正堯・中公新書)については以前記事も書いたのですが、ブログに書いていない本もいくつかあって機会があったら取り上げてみたいです。今回はちくま新書の鈴木美勝(よしかつ)「日本の戦略外交」(ちくま新書)についての記事です。

     
    この本のテーマは現在の第二次安倍政権の外交についてです。それに関して1990年代からの日本の外交の説明があります。逆に、日本の外交として重要でも安倍内閣の外交と関係ない小泉政権での北朝鮮外交なんかは本書の対象外なので、本書のタイトルは「安倍政権の戦略外交」のほうがしっくりきます。

    本書の主な目次の見出しを以下に書いてみます。410ページある結構厚い新書です。

    プロローグ 吉田と岸の<戦略的リアリズム>

    第1章 戦略的猶予期間-冷戦終結後の外交風景

     第1節 1990年代-地殻変動の中の日本外交
     第2節 先取りした価値観外交
     第3節 橋本外交と日米同盟再定義
     第4節 「価値観外交」ギャップ

    第2章 戦略構想「自由と繁栄の弧」

     第1節 「容赦ない試練」の時代
     第2節 「自由と繁栄の弧」から「地球儀俯瞰外交」へ

    第3章 地球儀を俯瞰する外交

     第1節 ジャパン・ブランド-アベノミクス・東京五輪誘致・TPP
     第2節 ユーラシア戦略
     第3節 未開の戦略空間アフリカ

    第4章 海洋戦略「安倍ダイヤモンド構想」

     第1節 インド再発見
     第2節 二つの海-8年目の真実
     第3節 インド外交の挑戦「非同盟2.0」

    第5章 外交と安全保障と靖国参拝

     第1節 「戦後レジーム脱却」路線の残り香
     第2節 日中関係は日米関係である
     第3節 中国の安倍孤立化戦略と誤算
     第4節 日米和解劇、陰の主役・中国

    第6章 アメリカの歴史認識と日本外交

     第1節 戦後70年の米国外交
     第2節 戦後70年の同盟深化
     第3節 戦後70年首相談話の深層

    第7章 中韓の歴史認識と日本外交

     第1節 和解模索の虚実
     第2節 動き出した日中関係-安倍戦略外交
     第3節 戦後70年談話の裏側
     第4節 安倍談話後の日韓関係

    第8章 戦略的リアリズムの真贋-対露外交

     第1節 北方領土交渉の戦後史
     第2節 ロシア・スクールの盛衰史
     第3節 安倍の信念と領土交渉の現在
     第4節 北方領土問題の深層

    第9章 戦後日本外国の課題と超克の苦悩

     第1節 アメリカン・レジーム-核時代の頸木
     第2節 「トランプのアメリカ」とどう向き合うか-価値観外交の危機

    エピローグ <戦略的リアリズム>と「時間の支配」

     
    以下、気になったこととか読んだ感想を小出しに書いていきます。

    P59
    1996年の李鵬首相の発言「中進国になるのに、少なくとも30年は必要」とのことですが、今では予想以上に先に進んでいるとしか思えません。

    P61
    クリントン大統領の評価。「3つのノー」については今ほど中国が脅威でなかったから、とも言えますがそれにしても踏み込み過ぎ、楽観視し過ぎでしょう。

    P69
    「自由と繁栄の弧」については一見何ともないような表現ですがそこには重大な意味があり、同様に何気なくみえて大事なことを表している言葉があると思うと政治の言葉をきちんと受け取るのは難しくそこは自覚しておかなければと感じました。

    P84
    政治を行う上で重要なのは政治家だけでなく官僚についてもそうであり、官僚を如何に育てて如何に働いてもらうか、それが政治に重要な影響を及ぼす以上は避けては通れない課題で、そのために誰が何をすべきか、などと考えるとなかなか難しい問題だろうと思う次第です。

    P138
    「アジアの民主的安全保障ダイヤモンド」(Asia’s Democratic Security Diamond)の本文はこちらで途中まで読めるようです。和訳を乗せているサイトもありましたので、あとは検索して各自自己責任でお願いします。

    P142
    「開かれた,海の恵み―日本外交の新たな5原則―」の本文は外務省のサイトのこちらに掲載されています。

    P156
    「華人系ムスリムの間で、南洋にイスラームを広めた人物として鄭和が顕彰されている」とのこと。次のページには鄭和の大航海は「海上のメッカ巡礼ルートを再開するため」という説が述べられていて、どちらも初めて聞いた話なので驚きました。

    P180
    靖国参拝は国内の支持基盤を維持する意味はあるのですが、意外に米国の動向に影響して日本の利害に直結しかねないので今後も慎重に取り扱わなければいけない事柄でしょう。

    P228
    靖国参拝だけでなく従軍慰安婦問題についても扱いようによっては対米外交で障害になりかねない。それは一国のリーダーがどのような人物であるかという評価につながるからで、首相は(場合にもよるが)相手国に受けのいいことを言い、歴史認識などの政治的主張を持っていてもそれが反感を受けるようなことであれば言わないようにするしかないのだろう。となると首相、というか政治家ではなく民間レベルで相手国の政治家に反感を持たれない程度に少しずつそれらの主張を広めていくしかない、そんなことを考えました。

    P240
    状況が良いが故に見通しが甘くなってしまう例。政治にはこういうことが多い気がするので、いつ何時も油断は禁物でしょう。

    P255
    天災という、人の手ではどうしようもない要素も外交に重大な影響を与えることもある。本当に政治運営は難しいと思います。

    P258
    「当時の外相・高村は、産経新聞に証言している。『とにかく文書で一度、謝ったら二度と過去を問題としないというメッセージが韓国政府から何度もきた。それで政治的な決断をした』(『角栄の流儀・小渕恵三元首相編(下)』『「反省とおわび」の日韓共同声明』2014年5月8日付産経新聞)」だそうです。ここでの文書とは1998年10月の日韓共同宣言「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」のことです。また、産経新聞のweb記事が保存されたページを以下に記しておきます。

    「反省とおわび」の日韓共同声明、「韓国は二度と問題にしないと何度も言った」
    Internet Archive 1ページ目 2ページ目 3ページ目 4ページ目 5ページ目

    P263
    そういえば福田康夫元首相は、当時アジアのことをよく考えている(≒比較的中国の立場を考慮している)という評があった記憶があります。父が故・福田赳夫で40歳で会社を退職後政界入りして54歳で初当選という経歴が気に掛かるところで、もっと若いうちから政治に取り組んでいた人のほうが政治の機敏がわかる(本書での言い切り問題)という上でも良かったのかもしれないと漠然と感じているところです。

    P266
    2014年の日中首脳会談に先立つ4項目合意についての、中国側のダーティな手法についての記述。これを防ぐには「同時に発表すること」まで明文化しないといけないのでは。

    P279
    メルケル方式、本書の例について言うならEUがロシアと一層険しく対峙する状況になったらこのときの所業を双方から蒸し返されそうなのでそんなにいいとは思えません。

    P307
    外務省の楽観的な見方の例。本当にこういうのはあてが外れることが多い気がします。そしてここでも、問題に精通した官僚を如何に育て、活かすか、そして後の世代へ伝えていくか、深い問題が横たわっているように思えます。その意味でも北方領土を巡る問題の解決は困難といえるでしょう。

    P314
    オバマ……と思うと同時に、何でもかんでも一人の人間に判断を任せることがどだい無理な話であって、問題が多数あるのなら周りがフォローして、かつそれを許容される風土というか環境というか、そういうのが大事なのでしょう。

    P318
    読む分には上手いスピーチだな、と素人目には映るのですが外交の専門家からすればどうなんでしょう。スピーチの全体はこちらです。本書の表現「前のめり」(P316)が、多少の危うさが感じられるという意味を含んでいるように思えてしっくりきます。

    本書は現時点での安倍政権の外交を考える上で、歴史的経緯等の説明などについては有益だと思います。しかし、2017年2月初版であり、第7章以降の中韓・ロシア・アメリカについては問題設定も含めて古い面があるので、そこはこの本を元に最新情報と照らし合わせて考えていく必要を感じました。
     
     
    【宣伝です】趣味で作曲した作品の動画などをYoutubeで公開してます。
    チャンネル登録していただけたらありがたいです。ニコニコ動画もどうぞ。

    今回はこの曲です。


    「スタンバイのテーマ」です。
     

     

    以下は国際政治本の特集です。


  • 国際政治 恐怖と希望(高坂正堯・中公新書)感想とメモ

    初版が1966年、もう50年以上前の本ですが興味があったので読んでみました。

     
    まず、序章で国際政治に取り組むための三つの指針を提示しています。「力の関係」「利害の関係」「正義の関係」の三つに沿って話を進めていきます。

    第一章「軍備と平和」の「I 勢力均衡」では、第一次世界大戦を主なモデルとして「力の関係」について説明しています。また、国家と戦争について今までどのように考えられてきたか、思想史的な部分もあります。講和を結ぶことによって「勝利を得るために失ったものよりも、はるかに少ない犠牲ですんでいたであろう。」(P35)という話が出てくるのですが、私は、講和の内容次第では「勝利を得るために失ったもの」から「はるかに少ない犠牲」を引いた差分を上回る損失が長期的に発生することも視野に入れたほうがいいと思いました。

    「II 軍備縮小」は、各国の核兵器を含めた軍備縮小の歴史をまとめたものです。自国の軍縮を行うなら、民主主義国家では民意が政策を決定する以上、国民の軍事的知識を高めないと上手くいかないと思いました。義務教育で各国の戦力バランスについて軽く触れるとか。また、核兵器については100%ウランの密輸が阻止できるわけではなく、今は昔よりも核兵器の製造が特別な技術でもないだろうから不意の大量生産を防ぐことは困難なので、発覚したときには各国の総意であらゆる(軍事的なものを含めた)制裁を加えられるようにして、製造しても発覚した場合のリスクを高くするのがベターなように思えます。

    「III 軍備規制と段階的一方的軍縮」では、1940年代の終わりの話として「アメリカがソ連に対する対決の姿勢を見せるたびに、フランスやイギリスが必死になって制約したのであった。」とのこと。今のところそんな制約はないのでしょうが、あと2、3年後はどうなっているか、先の文中の「ソ連」が「中国」になっている可能性も含めて予断を許さないところです。また、コミュニケーションを重要視しているのもこの話題の特徴です。確かに政治的に高度なこと、その決定が重大な影響を及ぼすことを考えると、緊密に連絡をとれる状況は前提条件といっていいでしょう。ここで日本の周辺のことを考えると、習近平とドゥルテはそんな仲じゃないだろうし、文在寅と金正恩も当初はともかく今はそれほどでもないだろうから、対立する状況であってもお互いに一致する目標(本書の例では軍縮)が無ければ頻繁に連絡をとる関係になる理由が薄く、また周りの国がそういう関係に誘導できる話でもないので、今の状況では難しいなあと思うのです。

    第一章「経済交流と平和」の「I 経済と権力政治」は、全般的にヨーロッパの近代の思想と歴史の話で、産業と科学の発展がここでは重要な要素として語られています。「産業主義の与える力がさらに人間の向上欲をかきたてるという循環」(P88)や列車によってドイツが強国となったこと、交通や通信の発達が統治を容易にしたことなどが挙げられています。

    「II 権力政治と経済交流の分離」では、アメリカとソ連、そして両国が支配してきた国への接し方の変化が書かれています。「国際政治における世論の力が増大した。」(P96)と「どちらかといえば、支配するものが、支配されるものに利益を与えなくてはならないというのが真実であろう。」(P98)という言葉が記憶に残ると同時に、現代の中国を考えた場合これらがどれぐらいあてはまっているだろう、とも思います。人民革命を主張していた当時の中国についても記述されているのが興味深いところです。

    「III エゴイズムと相互の利益」のテーマは南北問題です。産業化を達成できたヨーロッパ・アメリカなどの国と発展途上国のアジア・アフリカとの格差、そして経済援助はどうあるべきか、という話が中心です。自尊心や価値観など、精神的なものが重要な位置を占めていることを語っていたのが意外でした。たとえば、現在「先進国の中で、『貧困率』の高い国のひとつとして知られている。」日本の国民に、他国の援助に関心が向くだろうかと考えると、この話題については本書が書かれたときよりも状況は良くなってない気がします。まず自国の問題の解決が先だろう、と。また、日本における外国人居住者の問題を考える上で「もちろん、異なった文明の交渉は相互を豊かにする。しかし、それは双方が自発的に異なった文明のあるものを吸収したときのことであって、強制された場合にはマイナスの効果しかなくなる。」(P119)という言葉を、「強制」が政権与党による政策の結果である場合があることも考慮した上で憶えておきたいです。

    「第三章 国際機構と平和」「I 強制力の問題」では、主権国家に対する国際機構の成り立ちを、それこそルソーやカントの思想的な面から、そして国際連盟や国際連合の経緯を、どのような考えによってなされていったかを解説しています。1966年の本なので、取り上げられている事件の実例が朝鮮事変だったりします。ここも本当に基礎のまた基礎、概論のような感じです。「加盟国は安全保障理事会との特別協定を結んで、理事会の使用に供する兵力を保有しておくことさえ規定されている(憲章四〇~四九条)」(P132)と「たとえば、国際連盟において紛争の解決にもっとも役立ったのは」(P138)以降の話は憶えておきたいです。

    「II 世論の力」では(国家に対しての有権者の世論ではなく、)国際的な世論について語られています。「中国やドイツなどの加盟が実現すれば、」(P139)なんて時代を感じさせる言葉もあります。「道徳的価値を無視して総会の支持を得ることはできない」(P140)といういい言葉がある一方で、その限界にも触れています。例として挙げられているのがソ連がハンガリー革命に介入したハンガリー事件で、2014年にロシアがウクライナに侵攻したときの国連と武力制裁ができなかったという点であまり変わっていない気がします。また、朝鮮戦争でのインドの果たした役割やキューバ危機を回避した際の経緯、国家体制の話(言論の自由との関係)も興味深いものでした。

    「III 国際連合の意味」では威信、権威の話をしています。ある意味信頼の話と置き換えていいと思います。「正確で中立的な資料を作成する」(P160)とありますが、言い換えれば各国から異論が出ないような資料が作成できなかったら権威は失墜するのでしょう。戦争とは程遠い話ですが、4月下旬に外務省が、国連子どもの権利委員会策定ガイドライン案に対し「表現の自由に対する制約は最小限でなければならない」と見直し要請を出しました。ある種の判断に各国で異なる類の価値観が入るとこうなるわけで、国連が世界のために多方面の分野に関して取り組むようになった現在では難しい面も生じるのでしょう。また、それはこの章の逆説的文章の多さ、結論の把握し辛さにも表れています。この章では、コンゴ動乱が国連の限界例として多く述べられていて、難しい状況では最善を目指すしかないのがこの章のまとめなのだろうと感じました。そのためには、国連の判断に異議があるのなら堂々とそれを主張しなければならないし、国連もそれに対して筋の通った主張をしなければならない、加盟国と国連とが言動を尽くした結果にしか権威は生じないと考えています。

    「終章 平和国家と国際秩序」の「I 国際社会と国内体制」では、近代の資本主義や帝国主義の歴史と考察が述べられています。ただ、富の分配を議論の俎上に上げていながら、税制とか、それを支える(情報が行き届いた上での)民主主義社会の要素が出て来なかったことには違和感があります。そして、侵略を行わないための根本の考察として、ルソーやカントまで引き合いに出して論じている、思想史的な意味合いを強く感じました。

    「II 現実的な対処」では自由主義と共産主義の対立が話の軸となっていて、つまり共産主義が主要なテーマになっていたという意味で本書が書かれた時代を反映しています。そして、現実主義的な解決法として「それは対立の原因そのものを除去しようとすることを断念することからはじまる。」(P197)という文句が今から50年以上前の本に書かれていることに少し驚くとともに、やはりそれが真っ当な考え方だと感心しました。「現実主義は絶望から出た権力政治のすすめではなく、問題の困難さの認識の上に立った謙虚な叡智なのである。」(P201)についてもその通りだと思います。そして、武力行使の旧状復帰原則の話で、国連の行為が他の国に伝播することを希望する、という射程の長い話が出てきます。少しずつでもあきらめずに進んでいく、というのも大事な話で、本書が刊行された後の1980年代の冷戦時、私が小中学生のときにはアメリカとソ連の核ミサイルが地球を数十回、もっと多くかもしれませんがそういう話題を新聞とかで見かけたことがあってよく怖くなったものですが、そのときに比べたら今も色々あるのでしょうけど状況は良くなってきています。

    本書全体のまとめです。当初はレベルが同じ程度の国家間の駆け引きはどうする、とかそういう内容の本だと思っていたのですが、読んでみると戦争をいかに防止するか、特にアメリカとソ連の対立をどうするか、というのが主眼でしたので、当時の問題意識がよく表れているというのが第一の感想です。

    また、今の時代ではこの本自体が思想の面から、そして事象の面からも国際政治、特に国際連盟、国際連合の歴史の教科書といえます。現時点の問題に即答してくれる類の本ではないのですが、各種の問題に対する考え方を支えるための本です。色々と考える切っ掛けになる本ですが、込み入った表現はあまりなく読みやすい本なので、国際政治や国際問題に興味がある方、特に今までこの手の話に関する本を読んだことのない方に強くおすすめします。
     
     
    【宣伝です】趣味で作曲した作品の動画などをYoutubeで公開してます。
    チャンネル登録していただけたらありがたいです。ニコニコ動画もどうぞ。

    今回はこの曲です。


    「星のつぼみ」歌は野々原くろとさんです。
     

     

    以下は国際政治本の特集です。