国際政治 恐怖と希望(高坂正堯・中公新書)感想とメモ

初版が1966年、もう50年以上前の本ですが興味があったので読んでみました。

 
まず、序章で国際政治に取り組むための三つの指針を提示しています。「力の関係」「利害の関係」「正義の関係」の三つに沿って話を進めていきます。

第一章「軍備と平和」の「I 勢力均衡」では、第一次世界大戦を主なモデルとして「力の関係」について説明しています。また、国家と戦争について今までどのように考えられてきたか、思想史的な部分もあります。講和を結ぶことによって「勝利を得るために失ったものよりも、はるかに少ない犠牲ですんでいたであろう。」(P35)という話が出てくるのですが、私は、講和の内容次第では「勝利を得るために失ったもの」から「はるかに少ない犠牲」を引いた差分を上回る損失が長期的に発生することも視野に入れたほうがいいと思いました。

「II 軍備縮小」は、各国の核兵器を含めた軍備縮小の歴史をまとめたものです。自国の軍縮を行うなら、民主主義国家では民意が政策を決定する以上、国民の軍事的知識を高めないと上手くいかないと思いました。義務教育で各国の戦力バランスについて軽く触れるとか。また、核兵器については100%ウランの密輸が阻止できるわけではなく、今は昔よりも核兵器の製造が特別な技術でもないだろうから不意の大量生産を防ぐことは困難なので、発覚したときには各国の総意であらゆる(軍事的なものを含めた)制裁を加えられるようにして、製造しても発覚した場合のリスクを高くするのがベターなように思えます。

「III 軍備規制と段階的一方的軍縮」では、1940年代の終わりの話として「アメリカがソ連に対する対決の姿勢を見せるたびに、フランスやイギリスが必死になって制約したのであった。」とのこと。今のところそんな制約はないのでしょうが、あと2、3年後はどうなっているか、先の文中の「ソ連」が「中国」になっている可能性も含めて予断を許さないところです。また、コミュニケーションを重要視しているのもこの話題の特徴です。確かに政治的に高度なこと、その決定が重大な影響を及ぼすことを考えると、緊密に連絡をとれる状況は前提条件といっていいでしょう。ここで日本の周辺のことを考えると、習近平とドゥルテはそんな仲じゃないだろうし、文在寅と金正恩も当初はともかく今はそれほどでもないだろうから、対立する状況であってもお互いに一致する目標(本書の例では軍縮)が無ければ頻繁に連絡をとる関係になる理由が薄く、また周りの国がそういう関係に誘導できる話でもないので、今の状況では難しいなあと思うのです。

第一章「経済交流と平和」の「I 経済と権力政治」は、全般的にヨーロッパの近代の思想と歴史の話で、産業と科学の発展がここでは重要な要素として語られています。「産業主義の与える力がさらに人間の向上欲をかきたてるという循環」(P88)や列車によってドイツが強国となったこと、交通や通信の発達が統治を容易にしたことなどが挙げられています。

「II 権力政治と経済交流の分離」では、アメリカとソ連、そして両国が支配してきた国への接し方の変化が書かれています。「国際政治における世論の力が増大した。」(P96)と「どちらかといえば、支配するものが、支配されるものに利益を与えなくてはならないというのが真実であろう。」(P98)という言葉が記憶に残ると同時に、現代の中国を考えた場合これらがどれぐらいあてはまっているだろう、とも思います。人民革命を主張していた当時の中国についても記述されているのが興味深いところです。

「III エゴイズムと相互の利益」のテーマは南北問題です。産業化を達成できたヨーロッパ・アメリカなどの国と発展途上国のアジア・アフリカとの格差、そして経済援助はどうあるべきか、という話が中心です。自尊心や価値観など、精神的なものが重要な位置を占めていることを語っていたのが意外でした。たとえば、現在「先進国の中で、『貧困率』の高い国のひとつとして知られている。」日本の国民に、他国の援助に関心が向くだろうかと考えると、この話題については本書が書かれたときよりも状況は良くなってない気がします。まず自国の問題の解決が先だろう、と。また、日本における外国人居住者の問題を考える上で「もちろん、異なった文明の交渉は相互を豊かにする。しかし、それは双方が自発的に異なった文明のあるものを吸収したときのことであって、強制された場合にはマイナスの効果しかなくなる。」(P119)という言葉を、「強制」が政権与党による政策の結果である場合があることも考慮した上で憶えておきたいです。

「第三章 国際機構と平和」「I 強制力の問題」では、主権国家に対する国際機構の成り立ちを、それこそルソーやカントの思想的な面から、そして国際連盟や国際連合の経緯を、どのような考えによってなされていったかを解説しています。1966年の本なので、取り上げられている事件の実例が朝鮮事変だったりします。ここも本当に基礎のまた基礎、概論のような感じです。「加盟国は安全保障理事会との特別協定を結んで、理事会の使用に供する兵力を保有しておくことさえ規定されている(憲章四〇~四九条)」(P132)と「たとえば、国際連盟において紛争の解決にもっとも役立ったのは」(P138)以降の話は憶えておきたいです。

「II 世論の力」では(国家に対しての有権者の世論ではなく、)国際的な世論について語られています。「中国やドイツなどの加盟が実現すれば、」(P139)なんて時代を感じさせる言葉もあります。「道徳的価値を無視して総会の支持を得ることはできない」(P140)といういい言葉がある一方で、その限界にも触れています。例として挙げられているのがソ連がハンガリー革命に介入したハンガリー事件で、2014年にロシアがウクライナに侵攻したときの国連と武力制裁ができなかったという点であまり変わっていない気がします。また、朝鮮戦争でのインドの果たした役割やキューバ危機を回避した際の経緯、国家体制の話(言論の自由との関係)も興味深いものでした。

「III 国際連合の意味」では威信、権威の話をしています。ある意味信頼の話と置き換えていいと思います。「正確で中立的な資料を作成する」(P160)とありますが、言い換えれば各国から異論が出ないような資料が作成できなかったら権威は失墜するのでしょう。戦争とは程遠い話ですが、4月下旬に外務省が、国連子どもの権利委員会策定ガイドライン案に対し「表現の自由に対する制約は最小限でなければならない」と見直し要請を出しました。ある種の判断に各国で異なる類の価値観が入るとこうなるわけで、国連が世界のために多方面の分野に関して取り組むようになった現在では難しい面も生じるのでしょう。また、それはこの章の逆説的文章の多さ、結論の把握し辛さにも表れています。この章では、コンゴ動乱が国連の限界例として多く述べられていて、難しい状況では最善を目指すしかないのがこの章のまとめなのだろうと感じました。そのためには、国連の判断に異議があるのなら堂々とそれを主張しなければならないし、国連もそれに対して筋の通った主張をしなければならない、加盟国と国連とが言動を尽くした結果にしか権威は生じないと考えています。

「終章 平和国家と国際秩序」の「I 国際社会と国内体制」では、近代の資本主義や帝国主義の歴史と考察が述べられています。ただ、富の分配を議論の俎上に上げていながら、税制とか、それを支える(情報が行き届いた上での)民主主義社会の要素が出て来なかったことには違和感があります。そして、侵略を行わないための根本の考察として、ルソーやカントまで引き合いに出して論じている、思想史的な意味合いを強く感じました。

「II 現実的な対処」では自由主義と共産主義の対立が話の軸となっていて、つまり共産主義が主要なテーマになっていたという意味で本書が書かれた時代を反映しています。そして、現実主義的な解決法として「それは対立の原因そのものを除去しようとすることを断念することからはじまる。」(P197)という文句が今から50年以上前の本に書かれていることに少し驚くとともに、やはりそれが真っ当な考え方だと感心しました。「現実主義は絶望から出た権力政治のすすめではなく、問題の困難さの認識の上に立った謙虚な叡智なのである。」(P201)についてもその通りだと思います。そして、武力行使の旧状復帰原則の話で、国連の行為が他の国に伝播することを希望する、という射程の長い話が出てきます。少しずつでもあきらめずに進んでいく、というのも大事な話で、本書が刊行された後の1980年代の冷戦時、私が小中学生のときにはアメリカとソ連の核ミサイルが地球を数十回、もっと多くかもしれませんがそういう話題を新聞とかで見かけたことがあってよく怖くなったものですが、そのときに比べたら今も色々あるのでしょうけど状況は良くなってきています。

本書全体のまとめです。当初はレベルが同じ程度の国家間の駆け引きはどうする、とかそういう内容の本だと思っていたのですが、読んでみると戦争をいかに防止するか、特にアメリカとソ連の対立をどうするか、というのが主眼でしたので、当時の問題意識がよく表れているというのが第一の感想です。

また、今の時代ではこの本自体が思想の面から、そして事象の面からも国際政治、特に国際連盟、国際連合の歴史の教科書といえます。現時点の問題に即答してくれる類の本ではないのですが、各種の問題に対する考え方を支えるための本です。色々と考える切っ掛けになる本ですが、込み入った表現はあまりなく読みやすい本なので、国際政治や国際問題に興味がある方、特に今までこの手の話に関する本を読んだことのない方に強くおすすめします。
 
 
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今回はこの曲です。


「星のつぼみ」歌は野々原くろとさんです。
 

 

以下は国際政治本の特集です。