日本の戦略外交(鈴木美勝著・ちくま新書) 感想

国際政治とか外交には少し興味があって、「国際政治 恐怖と希望」(高坂正堯・中公新書)については以前記事も書いたのですが、ブログに書いていない本もいくつかあって機会があったら取り上げてみたいです。今回はちくま新書の鈴木美勝(よしかつ)「日本の戦略外交」(ちくま新書)についての記事です。

 
この本のテーマは現在の第二次安倍政権の外交についてです。それに関して1990年代からの日本の外交の説明があります。逆に、日本の外交として重要でも安倍内閣の外交と関係ない小泉政権での北朝鮮外交なんかは本書の対象外なので、本書のタイトルは「安倍政権の戦略外交」のほうがしっくりきます。

本書の主な目次の見出しを以下に書いてみます。410ページある結構厚い新書です。

プロローグ 吉田と岸の<戦略的リアリズム>

第1章 戦略的猶予期間-冷戦終結後の外交風景

 第1節 1990年代-地殻変動の中の日本外交
 第2節 先取りした価値観外交
 第3節 橋本外交と日米同盟再定義
 第4節 「価値観外交」ギャップ

第2章 戦略構想「自由と繁栄の弧」

 第1節 「容赦ない試練」の時代
 第2節 「自由と繁栄の弧」から「地球儀俯瞰外交」へ

第3章 地球儀を俯瞰する外交

 第1節 ジャパン・ブランド-アベノミクス・東京五輪誘致・TPP
 第2節 ユーラシア戦略
 第3節 未開の戦略空間アフリカ

第4章 海洋戦略「安倍ダイヤモンド構想」

 第1節 インド再発見
 第2節 二つの海-8年目の真実
 第3節 インド外交の挑戦「非同盟2.0」

第5章 外交と安全保障と靖国参拝

 第1節 「戦後レジーム脱却」路線の残り香
 第2節 日中関係は日米関係である
 第3節 中国の安倍孤立化戦略と誤算
 第4節 日米和解劇、陰の主役・中国

第6章 アメリカの歴史認識と日本外交

 第1節 戦後70年の米国外交
 第2節 戦後70年の同盟深化
 第3節 戦後70年首相談話の深層

第7章 中韓の歴史認識と日本外交

 第1節 和解模索の虚実
 第2節 動き出した日中関係-安倍戦略外交
 第3節 戦後70年談話の裏側
 第4節 安倍談話後の日韓関係

第8章 戦略的リアリズムの真贋-対露外交

 第1節 北方領土交渉の戦後史
 第2節 ロシア・スクールの盛衰史
 第3節 安倍の信念と領土交渉の現在
 第4節 北方領土問題の深層

第9章 戦後日本外国の課題と超克の苦悩

 第1節 アメリカン・レジーム-核時代の頸木
 第2節 「トランプのアメリカ」とどう向き合うか-価値観外交の危機

エピローグ <戦略的リアリズム>と「時間の支配」

 
以下、気になったこととか読んだ感想を小出しに書いていきます。

P59
1996年の李鵬首相の発言「中進国になるのに、少なくとも30年は必要」とのことですが、今では予想以上に先に進んでいるとしか思えません。

P61
クリントン大統領の評価。「3つのノー」については今ほど中国が脅威でなかったから、とも言えますがそれにしても踏み込み過ぎ、楽観視し過ぎでしょう。

P69
「自由と繁栄の弧」については一見何ともないような表現ですがそこには重大な意味があり、同様に何気なくみえて大事なことを表している言葉があると思うと政治の言葉をきちんと受け取るのは難しくそこは自覚しておかなければと感じました。

P84
政治を行う上で重要なのは政治家だけでなく官僚についてもそうであり、官僚を如何に育てて如何に働いてもらうか、それが政治に重要な影響を及ぼす以上は避けては通れない課題で、そのために誰が何をすべきか、などと考えるとなかなか難しい問題だろうと思う次第です。

P138
「アジアの民主的安全保障ダイヤモンド」(Asia’s Democratic Security Diamond)の本文はこちらで途中まで読めるようです。和訳を乗せているサイトもありましたので、あとは検索して各自自己責任でお願いします。

P142
「開かれた,海の恵み―日本外交の新たな5原則―」の本文は外務省のサイトのこちらに掲載されています。

P156
「華人系ムスリムの間で、南洋にイスラームを広めた人物として鄭和が顕彰されている」とのこと。次のページには鄭和の大航海は「海上のメッカ巡礼ルートを再開するため」という説が述べられていて、どちらも初めて聞いた話なので驚きました。

P180
靖国参拝は国内の支持基盤を維持する意味はあるのですが、意外に米国の動向に影響して日本の利害に直結しかねないので今後も慎重に取り扱わなければいけない事柄でしょう。

P228
靖国参拝だけでなく従軍慰安婦問題についても扱いようによっては対米外交で障害になりかねない。それは一国のリーダーがどのような人物であるかという評価につながるからで、首相は(場合にもよるが)相手国に受けのいいことを言い、歴史認識などの政治的主張を持っていてもそれが反感を受けるようなことであれば言わないようにするしかないのだろう。となると首相、というか政治家ではなく民間レベルで相手国の政治家に反感を持たれない程度に少しずつそれらの主張を広めていくしかない、そんなことを考えました。

P240
状況が良いが故に見通しが甘くなってしまう例。政治にはこういうことが多い気がするので、いつ何時も油断は禁物でしょう。

P255
天災という、人の手ではどうしようもない要素も外交に重大な影響を与えることもある。本当に政治運営は難しいと思います。

P258
「当時の外相・高村は、産経新聞に証言している。『とにかく文書で一度、謝ったら二度と過去を問題としないというメッセージが韓国政府から何度もきた。それで政治的な決断をした』(『角栄の流儀・小渕恵三元首相編(下)』『「反省とおわび」の日韓共同声明』2014年5月8日付産経新聞)」だそうです。ここでの文書とは1998年10月の日韓共同宣言「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」のことです。また、産経新聞のweb記事が保存されたページを以下に記しておきます。

「反省とおわび」の日韓共同声明、「韓国は二度と問題にしないと何度も言った」
Internet Archive 1ページ目 2ページ目 3ページ目 4ページ目 5ページ目

P263
そういえば福田康夫元首相は、当時アジアのことをよく考えている(≒比較的中国の立場を考慮している)という評があった記憶があります。父が故・福田赳夫で40歳で会社を退職後政界入りして54歳で初当選という経歴が気に掛かるところで、もっと若いうちから政治に取り組んでいた人のほうが政治の機敏がわかる(本書での言い切り問題)という上でも良かったのかもしれないと漠然と感じているところです。

P266
2014年の日中首脳会談に先立つ4項目合意についての、中国側のダーティな手法についての記述。これを防ぐには「同時に発表すること」まで明文化しないといけないのでは。

P279
メルケル方式、本書の例について言うならEUがロシアと一層険しく対峙する状況になったらこのときの所業を双方から蒸し返されそうなのでそんなにいいとは思えません。

P307
外務省の楽観的な見方の例。本当にこういうのはあてが外れることが多い気がします。そしてここでも、問題に精通した官僚を如何に育て、活かすか、そして後の世代へ伝えていくか、深い問題が横たわっているように思えます。その意味でも北方領土を巡る問題の解決は困難といえるでしょう。

P314
オバマ……と思うと同時に、何でもかんでも一人の人間に判断を任せることがどだい無理な話であって、問題が多数あるのなら周りがフォローして、かつそれを許容される風土というか環境というか、そういうのが大事なのでしょう。

P318
読む分には上手いスピーチだな、と素人目には映るのですが外交の専門家からすればどうなんでしょう。スピーチの全体はこちらです。本書の表現「前のめり」(P316)が、多少の危うさが感じられるという意味を含んでいるように思えてしっくりきます。

本書は現時点での安倍政権の外交を考える上で、歴史的経緯等の説明などについては有益だと思います。しかし、2017年2月初版であり、第7章以降の中韓・ロシア・アメリカについては問題設定も含めて古い面があるので、そこはこの本を元に最新情報と照らし合わせて考えていく必要を感じました。
 
 
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今回はこの曲です。


「スタンバイのテーマ」です。
 

 

以下は国際政治本の特集です。