ジャパニーズ・ロック80’s (監修 池上尚志・レコード・コレクターズ増刊)感想 溜飲は下がった

1980年代後半から90年代初めにかけてのバンドブームに代表される邦楽に関して、当時のマスメディアで今よりも圧倒的な地位にあった「テレビ」(もちろん当時はインターネットなんて情報入手手段は無かった)に売り上げの割には取り上げられなかった点で怨念にも似た感情のしこりが残っています。思いつくまま列挙するならその年の音楽状況をある程度は反映していたはずなのに出場したミュージシャンが少なかった紅白歌合戦、既存の業界を守るために「ポップス・ロック部門」を一時期設けていた日本レコード大賞、「R&N」なんて名前を付けてミュージシャンを深夜に追いやった夜のヒットスタジオ、そんなところです。もちろんNHKのジャストポップアップのように注目されていたミュージシャンを積極的に出演させた番組もあったり、あるいは当時のミュージシャンが視聴率をとれる存在だったかもう少し詳しい検証も必要なのかもしれません。番組名は覚えていないのですが、火曜夜7時のサザエさんの再放送の時間帯に放送していた短命だったテレビ東京の音楽番組とか。

そして、時が過ぎて渋谷系に代表されるような音楽的に新しい時代が来ると、途端にバンドブームの頃の邦楽が語られなくなった気がします。現在、邦楽の歴史を語った本を読んでもバンドブームの時代に関しては部分的にしか語られていなかったり、ほとんど語られていなかったり。確かに新しい時代の音楽には直結していないのかもしれないけど、あれだけ売れて、売れていた音楽の大半を占めていて、それ故にそれ相応に語られるべきなのに語られてないのです。少しだけ、今回とり上げるこの本の前書き(introduction)から太字で引用します。

 
「音楽専門誌などでは、はっぴいえんど、YMOやニュー・ウェイヴと流れがきたら、80年代後半をスルーして、90年代の渋谷系に飛んで行ってしまう。」日本の邦楽・ポピュラーミュージックを俯瞰して記述している本を買おうかと本屋でちょくちょく手にして目次を見ていた私にとっては、これは本当に実感のある言葉です。

出版された本書を読んでまず浮かんだのは感謝の感情です。今、このような本が出て来て本当に有難い。当時、音楽が好きな人が沢山聴いていたあの頃の、もう30年も昔の音楽を、この現代に語ってくれてありがとうございます。こんな気持ちでいっぱいです。

再び、本書の前書きから引用します。「大切なのは、そういった音楽を今の耳で聴いたらどう聞こえるのか。今だから気付くことがたくさんあるはずだ。」私はバンドブームの頃の邦楽しか聴いていないようなものなのでこの狙いがうまくいったかどうかの判断はできないのですが、それでも思い出アイテム或いは怨念を晴らして溜飲をかなり下げてくれる存在として非常に価値があります。今の音楽をよく聴いて知っている人なら本書の内容もよりよく理解できると思います。本屋で見かけたらまずは手に取ってみて欲しいものです。昔のものにもいいものはある、とまでは敢えて言いませんが、何かしらの発見はあるかもしれない、とは言えるでしょう。

ここで注意が一点あって、この本、意外に小さいです。A5サイズより一回り小さく、コミック単行本よりは一回り大きいサイズなので、私も最初は至近距離にあるのに見逃してしまいました。より多くの内容を詰められるA5版だったらなお良かったのですが、それだと本の値段が高くなるのでこの大きさにしたのでしょう。そこは気をつけていただきたいです。

そしてなんとこの本、ジャケットの写真が全てカラーなんです。類書のガイド本では本文は白黒ページでジャケットの写真も白黒にしている場合が多いのでカラーで見られる本書は資料的価値も相当あります。力の入れ所を間違っていないという点では大いに好感が持てます。

この時代の代表としての、本書の最初のコーナーであるARTIST PICKUPのページにバービーボーイズやストリートスライダーズ、渡辺美里や米米CLUBがBOØWY(ボウイ)やブルーハーツとともに入っているもの頼もしい。当然TMネットワークもこの項目です。今の時代への影響度はともかくあの時代に大いに盛り上がったという点だけでも、もっと作品とともに今に通じる意義(あるはず)を語って欲しいものです。

それにしても、広範囲の数多なバンドやミュージシャンまで取り上げてくれるなんて、と思うことしきりで感動さえ覚えます。少し挙げるなら阿Q、VENUS PETER(ヴィーナスペーター)、 横道坊主、GARLIC BOYS(ガーリックボーイズ)、KATZE(カッツェ)、GRASS VALLEY(グラスバレー)、SION(シオン)、the Shamröck(ザ・シャムロック)、SUPER BAD(スーパーバッド)、SKAFUNK(スカンク)、てつ100%、NIGHT HAWKS(ナイトホークス)、THE HEART(ザ・ハート)、PEARL(パール)、パッセンジャーズ、BAD MESSIAH(バッドメサイア)、HEATWAVE(ヒートウェイヴ)、HILLBILLY BOPS(ヒルビリーバップス)、FAST DRAW(ファストドロウ)、FABIENNE(フェビアン)、THE PRIVATES(ザ・プライベーツ)、ベルベット・パウ、MUSCLE BEAT(マッスルビート)、REACTION(リアクション)、REPLICA(レプリカ)、ROSEN KREUZ(ローゼンクロイツ)、THE LONDON TIMES(ザ・ロンドンタイムス)などなど、本当にきりがないです。ちなみに千年コメッツはLUNATIC ORCHESTRA SENNNEN COMETSとして取り上げられてました。私も、名前しか知らなかったバンドや、名前も知らなかったバンドが沢山掲載されていて本当にすごい本だと思っています。

もちろん、なんであのバンドやアーティストが入っていないのかとか逆に過大評価ではないか、という違和感はあると思います。私同様に。好みが違うのなら意見が違うのも当然で、前書きによると「80年代型ロックに特化」「最初にリストアップした段階で作品は1000タイトルを優に超え、そこから200タイトル強にまで落とし込んだ。」とのことなので、多少の見解の相違は気にしないでいただければと。

最後に。本書から除外された80年代型ロック以外の作品を主体にした続編を、そして80年代型ロックについて当初の1000タイトル以上の作品を取り上げたバージョンが出ることを切に望んでいます。そのためには、皆で買うしかないのでしょう。出版のみならず放送やカラオケ(の曲の選定)にも言えるのですが、自分の好きなものを、特にこの時代についてもっと取り上げて欲しいのであれば、それがいかに収益につながるかを情報を発信する方々により良く体験してもらうしかないと考えています。
 
 
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「Enfance finie(詞・三好達治)」 歌は穂歌ソラさんです。
 

 

バンドブームなどあの頃の音楽、邦楽の関連本です。

「BAND…」は「BAND LIFE バンドライフ」(吉田豪著・メディアックス)、「ミュージック・マガジン…」は「NU SENSATIONS 日本のオルタナティヴ・ロック 1978-1998」(小野島大著・ミュージック・マガジン)、「私たちが熱狂した…」は「私たちが熱狂した 80年代ジャパニーズロック」(タツミムック・辰巳出版) です。