山家鳥虫歌 近世諸国民謡集 浅野建二校注(岩波文庫)感想

まずショッキングな話から。この本、これを書いている時点(4月23日)で岩波書店に在庫がありませんでした。「品切れ」。こんな残酷なことがあっていいのか、他にも沢山あるのだろうけど、まさかこの本が、という意味では深刻な事態です。重要な位置を占める古典だと思うのですが……

 
この本のタイトルは「さんかちょうちゅうか」と読むようですが、解説によると「ヤマガ(ノ)トリムシウタ」の方が正しいのかもしれない、とのことです。

さて、この本を読んだ感想を。ちょっとしんどかったです。というのも、この本を買ったのはタイトルにセンスを感じて惹かれたからなのですが、要は中身をよくわかってなかったのですね。そして本を開いたら、
 
 
めでためでたの若松様よ 枝も栄える葉も茂る

来いと誰が云うた笹原越えて 露に小松はみな濡れた

恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす

(反復記号は横書きでは使えないので文字を繰り返しました。)
 
 
こんな感じの句が続きます。これは一体、何なんだ、と。成立が1772年なので江戸時代の歌である、と。この本にもサブタイトルとして「近世諸国民謡集」と書かれています。となると、この短い句に、どんな節、メロディーがつくのか。その想像力が読み始めた当初は全く見当がつきませんでした。

およそ半分ぐらい読んだ頃に気づきました。Youtubeで関係ありそうな曲を聴いてみればいいのではないか、と。で、「江戸 歌謡」とか「囃子」とかで検索してみました。うーん、難しい。変拍子?普段聴いている西洋由来のポップスに比べて、何にせよ「周期的に繰り返す」概念が無いからどう……その……ノレばいいのかわからない、どんな感じの曲か聴き終わるまで把握できないので今一つどう付き合えばいいのか見出さない感じでした。

例えばこの曲はどうでしょう。「梅は咲いたか 江戸歌謡」


慣れの問題が強いと思うのですが、曲を聴くというより話を聞いている感覚のほうが強かったです。ただし、周期的な繰り返しがない分歌うのは難しいので、歌えれば逆に一芸として注目される気がします。

ただ、他にも少し聴いてわかりやすいのもありました。神戸節(ごうどぶし)。神戸節という名前は初見でも、どこかで聴いたことがある人もいると思います。


潮来笠じゃなくて潮来節もあります。神戸節ほどではなくても「梅は咲いたか」よりは曲って感じがします。少し音が大きいのでご注意を。


最初に動画サイトの活用に気づいていれば、「臼引唄」など気になる単語で検索して音源を聴きながら読むこともできたのですが。また機会があったら試してみようと思います。

それにしても、小唄、長唄、端唄、地歌、都々逸、詩吟など馴染みがないのですが、初心者向けのCDとか探せばあるのでしょうか。私としては、以下のような感じのを希望します。1.から5.の順で買うことを想定してます。

1.よく知られている&どこかで聴いたことがあるセット
2.名前だけはちょくちょく出てくるので押さえておこうセット
3.もう少し幅広く知っておこうセット
4.ここまで知っておけば一般的に困ることはないセット
5.マニアックセット

あと、この本はそんな江戸時代の歌謡を御国別に分けて収録してます。奥羽から薩摩までで、佐渡、隠岐、淡路、対馬は単独に項目が設けられています。「参河」がわからなかたたので調べたら三河でした。なので、自分の地元はどんな唄が詠まれていたのか、そういう楽しみ方もできます。また、時折唄の後の注解で「下句は理屈に堕して平凡」(P125)のような詩評を差し込んでくることがあるのでちょっとドキッとしました。

唄の後はその御国の国風を紹介をしているのですが、校注によると備中以外は全て「新『人国記』」(関祖衡、西暦1701年(元禄14年)、江戸須原屋茂兵衛版)を参考にしているようです。そして、国風紹介の後はなぜか怪奇談が記述されています。なぜ掲載されている唄とはほとんど関わりのない、そんな題材を紹介するのか理解に苦しむところです。怪奇談については新井白石の「鬼神論」を結構参考にしているようでした。

以下、印象深かった事柄を列記します。
 
 
P60 97 昔思へば恨めしござる なぜに昔は今ないぞ
P108 175 昔見し夢ふり捨てて 今は昔の夢恋し

この二首が心にしみる昨今です。
 
 
P89 「杯中の蛇影」の故事ですが、P290の校注では「不詳。」となっています。「禾廣」の「禾」の誤字を記した直接の参照元がわからなかった、ということなのでしょうか。
 
 
P101 163 都まさりの浅草上野 花の春風音冴える

なんか現代風でセンスを感じます。
 
 
P101 164の注解にある謡曲「隅田川」が気になります。「狂女物の傑作。」とのことです。
 
 
P134 209 橋の欄干(らんか)に腰を掛け 沖を遥かに眺むれば 沖の鷗(かもめ)が三(み)つ連れて また三つ連れて睦まじく 揺(よ)られながらも君恋し さんしょのせい

P151 230 鮎は瀬につく鳥は木にとまる 人は情(なさけ)の下に住む

P164 250 月は東に昴(すばる)は西に いとし殿御は真中(まんなか)に

この三つの唄もなんとなく気に入ってます。月は東に〇は西に、という言い方は応用が効きそうです。なお、与謝蕪村の「菜の花や 月は東に日は西に」が詠まれたのが西暦1774年(安永3年)とのことです。
 
 
P178 国風紹介の文末に「蝦夷(かい)の国」という表現あり。
 
 
P199 310の注解に「涙は車軸雨やさめ」という表現があり(西暦1720年(享保5年)近松門左衛門「井筒業平河内通」)、雨と車軸を結びつけた表現は井伏鱒二の「黒い雨」で見たと思ったのですが、どうやら太宰治の「走れメロス」のようでした。
 
 
P207 324 舟が着く着く百廿七艘(そう) 様がござるかあの中に
百廿七=127。127艘なんて発想はどこから出てきたんでしょう。なんかすごい。昔聴いたアマリリスというバンドの「深夜のできごと」という曲の「ネオンに むらがる 虫7000匹」(2:40頃)という歌詞を思い出しました。


 
 
P209 328 あだけ甚兵衛様蔦山通ひ 蔦の立石星月夜

「星月夜」という言葉もこの時代既にあったことが感慨深いです。星月夜といえばPINKというバンド(P!NKにあらず)のファーストアルバム「PINK」に収録されている曲、「人体星月夜II」が反射的に思い浮かびます。落ち着いた雰囲気の幻想的な曲です。是非ご一聴を。


 
 
P221 352 生れ来(きた)りしいにしへ問へば 君と契れと夢に見た

これまた江戸時代とは思えないほどロマンチックな唄です。
 
 
P240 378 思ひ乱れて飛ぶ蛍 ゆふべゆふべに身を焦がす

P241 380 幾夜明石の浦漕ぐ舟も 浮かれこがれて磯へ寄る

この二つの唄も気に入ってます。

再読するのはいつの日か。やりたいことが沢山あって本当に悩ましい状況です。
 
 
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今回はこの曲です。演歌っぽい≒民謡っぽい?


「いつか会う日には」歌は冷声ゼロさんです。
 

 

江戸時代の文芸本を中心に集めてみました。

次の段の左側二つ目は、新井白石「鬼神論」と平田篤胤「新鬼神論」の現代語訳です。