五重塔(幸田露伴著・岩波文庫)感想

まず二つ。一つ目。話の進め方が上手いな、と思いました。日本文学である以上、登場人物の心情の洞察などが語られることが多いのですが、エンタメ的な視点で読者の予想、次にこうなるだろうな、というのをいい意味で意表を突きつつ次の場面に移っていく感覚は「次にどうなるんだろう?」という気持ちが湧いてきて読んでいて気持ち良かったです。文学の囲いに入れられてつまらなさそうだと思われて読んでみたらエンタメ的な意味で「いける」作品はかなりあると思います。

 
二つ目。最初の印象は「読みづらい……」でした。読むの挫折するかも、ともちょっと思いました。1892年(明治25年)、今から125年以上前の作品です。文体をいろいろ模索していたせいもあるのでしょうが、私は今の文章よりもむしろ昔の古典文学、「徒然草」とか「方丈記」の文体に近い印象を持ちました。でも読んでいくうちに慣れてきて、上人が主人公の十兵衛と源太に説法するシーンでなんとかいけそうだと感じてきました。文体より話の続きのほうが気になって読める、そんな感じでした。

タイトルや表紙の説明からは想像できないほどのバイオレンスなアクションシーンもあったりで、本当に本というのは読んでみるまでわからないものだな、とつくづく感じました。その場面でインパクトのある言葉が、

「拳殺す」(読み:はりころす、殴り殺すの意味)

で、この頃は漢字と日本語をどう合わせるか今ほど定まっていない時代のようで、独特な言葉遣いや言い回しが沢山でてきて、それを見るのも楽しい一面もあります。好色漢(しれもの)、手脱る(てぬかる)、森厳しき(こうごうしき)、記臆のある(ものおぼえのある、今でいう物心の意味合い?)、仮令(たとえ)、滅法界(めっぽうかい)、仁慈(なさけ)、隷属(みうち)、鎮圧め(しずめ)……いくつか書き写してみましたが、こういう表現が好きな方にはこの意味合いでもおすすめできます。

更に。この小説の「嵐」の描写が物凄かったです。解説でも取り上げられており昔から評判だったようですが、私は平野耕太の漫画「ヘルシング」のロンドン攻撃時のシーン(「落とせ ロンドン橋もだ 歌のように」のセリフのあるコマ)を思い出しました。読んでいて「中二病(厨二病?)」という言葉も浮かんだのですが、よくわからないのでやめときます。それでも、文豪の中二病的表現は凄まじいです。ここから読めます(青空文庫、「夜半の鐘の音の曇って」で検索、それ以降の箇所)。ここだけでも是非ご一読を。

その一方で、夫婦が仕事のことで喧嘩したり、酒場で仕事の愚痴を吐いたり、めんどくさそうな人がいたりで人間って大して変わっていないところもあるよなあ、と少し感慨にふけったりもしています。

一番心に残った描写が、感応寺からの帰り道で、一世一代の念願の仕事を請け損なったと思い込み「半分は死んだやうに」なった十兵衛の「夢のやうに生きて夢のやうに死んでしまへばそれで済む事」という思いで、確かに私も、そう感じること、というか、そう感じたいこともなくはない、とだけ言っておきます。

それにしてもこの小説は、読み返す度にいろいろ発見がありそうな予感がします。これでもう少し読みやすい文体なら……と思うのですが、この文体でなくなったらこの小説でなくなってしまうのが悩ましいところです。

解説もなかなかこの小説の核心を掴んだ内容で満足しました。岩波文庫で110ページ、短めの作品ですが読んでよかったです。読みづらいことだけが今の時代では玉に傷ですが、おすすめします。
 
 
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今回はこの曲です。


文学関係。三好達治の詩に曲をつけてみました。
 

 

今まで読んだ岩波の日本文学とヘルシングです。